一夜限りの関係のはずが、隠れ御曹司から執愛されています
 はぁとため息をついたあと、奈々子さんは
「だから、詩音の年齢を考えるとそろそろ良い人を見つけてほしいの。真剣に。うちと同じくらいの大手企業のお嬢さんが良いわけ。こんな田舎っぽい子じゃなくて。別れて。そうだ!あなた名義のクレジットカードを作ってあげる!それでしばらくは大目に見てくれない?」

 もっと大人になれればいいのに。我慢できるような人になりたい。
 いくら詩音さんのお姉さんでも、今日はじめて会った人にここまで言われる筋合いはない。

「詩音さんが私のことを好きでいてくれるかぎり、別れません。お金で取引なんてしない。初対面なのに失礼です。お姉さんこそ、大手企業の長女であることを自覚した方が良いんじゃないですか?」

 ああ、言ってしまった。後悔はないけれど。きっとこういう私を詩音さんも好きだと言ってくれるはずだから。

「はぁ?誰に向かって口を聞いているの!?会社をクビになってもいいの?」

「私は間違ったことは言っていません。最初に仕掛けてきたのはお姉さんの方です。クビにするって脅しにも屈しませんから」

 お姉さんの力があれば、本当に私のことをクビにできるかもしれない。
 それでもこんな卑怯な脅しには屈しない。

 奈々子さんは私をジッと睨みつけた。
 お互いに譲れない時間、どのくらい経ったのだろう。
 しばらくして、奈々子さんはハハっと大声で笑いだした。

「ごめんごめん。小春ちゃんが詩音のこと、そこまで本気だって思えなくて。試したかったの。今の話、ぜーんぶウソだから」

 ハハハっと豪快に奈々子さんは笑い続けている。
 
 ウソって、冗談で言っていた話?
 私が口をポカンと開けていると
「ごめんねー。怖がらせることはしたくなかったんだけど。詩音がまだ二十代前半だったころ、年上の女に騙されてるの。あれから恋愛なんてしてなかったんじゃないかな。お金目的で近づいてくる女がたくさんいるのは事実よ。だから詩音のためにって思ったのは本当なの」
 そうだったんだ。私には知らない過去。詩音さんが騙されるなんて。

「まぁ、まだ詩音も若かったからね。昔の話なんだけど。あの時の詩音の顔が忘れられなくて。だけど、小春ちゃんは違うみたいで良かった」

 奈々子さんが笑っていると
「何を話してたんですか?」
 いつの間にか詩音さんがうしろに立っていた。

 今の話、聞こえてないよね!?

「なんでもない。小春ちゃんと秘密の話をしていただけよ」

 奈々子さんは立ち上がり
「私、お手洗い行ってくるね」
 気まずくなったのか、その場から離れてしまった。

「小春さん、姉さんに何か変なこと言われてないですか?」

 変なことっていうか。ケンカになりかけたけれど。これは伝えなくてもいいよね。お姉さんの冗談だし、詩音さんを想って自分が嫌われるような演技をしてくれたんだもん。

「ただ普通に世間話をしていただけです」

「そうですか。もし嫌なことを言われたら教えてくださいね」

 いつもの優しい詩音さんだ。

 奈々子さんが戻ってきてすぐに解散になった。
 詩音さんが支払ってくれたタクシーで帰宅する。

「小春ちゃん、またね」

 奈々子さんは上機嫌に手を振ってくれて、別れる時に
「詩音の昔話は秘密ね」
 ボソッと耳元で囁かれた。
 
 詩音さんのことだ。勝手にお姉さんが話したって聞けば、お姉さんに怒りそう。

「わかりました」

 私が返事をすると、奈々子さんはニコッと笑ってくれた。
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