夢から逃げた私ですが、過保護なエリート弁護士に溺愛されてます
「わがままいって、ごめんなさい」
「百香ちゃん……」

 涙が溢れて渉さんの顔が滲んだ。

「もう、わがままいわないから」

 だからもう、そんな顔をしないで。そう言葉にする前に、渉さんは「ごめん」と呟いた。
 私を抱きしめていた腕が放れ、冷えた両手で頬を包まれる。

「悪いのは俺だ。百香ちゃんの気持ちもわからないで、問い詰めるようなことを」

 厳しかった眼差しはいつの間にか悲しげに変わっていて、どこか傷ついたような表情が私に向けられる。
 私の涙を拭う指が震えていた。

「百香ちゃんはなにも悪くない。俺が弱かっただけだ……。桃田さんから連絡が来た時、生きた心地がしなくて」

 ぽたりと雫が落ち、渉さんの手の甲を濡らした。

「君を失うんじゃないかって不安で、百香ちゃんが逃げてくれることを祈るしかできなくて、自分の無力さが憎くて」
「渉さん……」
「走りながら、この三十年一度も祈ったことのない神に願うしかなかった。百香ちゃんを助けてくれって」

 震える大きな手にそっと触れると、再び「ごめん」と声が降ってきた。
 渉さんの絞り出すような声に、胸が締め付けられた。
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