夢から逃げた私ですが、過保護なエリート弁護士に溺愛されてます
「……怖いだろうけど、そのままでいて」
「あ、あの、渉さん、走ってるの?」
「ははっ。少し、聞きにくいかな。ごめんな」
「そんなこと……ありがとうございます。でも、無理しないで。声が聞こえなくても、平気だから」

 荒い息遣いの向こうで、街中を行き交う人々の笑い声が流れていく。
 私のために駆け付けようとしてくれている。それが伝わってくるだけで、ここから逃げ出したいと思う弱り切った心が奮い立つようだった。

 カウンターにグラスが置かれた。
 顔を上げると、真奈さんにこりと笑う。

 グラスの中で炭酸がパチパチと小さく弾け、エルダーフラワーの甘い香りが広がった。それを、渉さんの息遣いを聞きながら口に含んだ。

「……なに、飲んでるの?」
「エルダーフラワーのソーダです」
「美味しいの? 俺も飲みたいな」
「モクテルですよ」
「そうなの? 一走りした後は、丁度いいかな」

 私の不安を除こうとするように、時折、他愛もない話を挟みながら渉さんは走り続けてくれた。

「大丈夫だから通話を切るね」といえたらよかったのに。
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