夢から逃げた私ですが、過保護なエリート弁護士に溺愛されてます
 渉さんの優しさを耳に感じながら、待ち続けた。永遠に続きそうに思えた時間は瞬く間にすぎた。

 階段を駆け上がる音が小さく聞こえてきた直後だった。ドアに下がるベルが、静かなバーの空間に鳴り響いた。
 まるで警鐘を鳴らすような音に弾かれ、振り返るとスマホを耳に当てた渉さんが笑っていた。

「お待たせ」

 スマホ越しに聞こえる声に、涙が込み上げた。
 無意識で椅子を飛び降りて渉さんに駆け寄ると、その両腕に包まれるように抱き締められた。

 顔を押し付けた胸から、優しいムスクの香りと一緒に、聞いたこともない激しい鼓動が伝わってくる。耳には荒い息が届いてきた。
 嬉しさと安堵で肩から力が抜ける。渉さんに抱き締められていなければ、足からも力が抜けてその場に座り込んでいたかもしれない。

 しばらくは、渉さんのぬくもりを確かめるように、鼓動に耳を傾けて瞳を閉ざした。

 だけど、この時もしも顔を上げていたら、私は見たこともない冷たい瞳を見ただろう。カウンターでこちらを振り返った男を射殺さんばかりの、冷ややかな表情を。
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