和霊




今日も彼女は不機嫌だった。また僕がいらないこと、言わなくてもいいことを言ってしまったからだった。


つい、言ってしまう。口がすべってしまう。もちろん、彼女を笑わせるために言ったことではあるのだが、思い返すと笑えない。


不機嫌な彼女は、一度振り上げたこぶしを、どう下ろせばいいのか、迷っているように見えた。でも、本質の部分では変わらず愛していると言ってくれるのだから、さよならなんてことにはならないだろうという、謎の確信があった。彼女は僕の話を、徹底的に無視した。それに対して僕は、わかっていながら、要所要所で彼女に話しかけた。テレビで伊勢神宮のことをやっていると、「伊勢神宮行ったことないんだけど、行ってみたくない?」と聞いた。彼女は無視をする。ユーチューブでAIと結婚した女性のニュースがあると、「AIと結婚できる法律もできるかもしれないね」と言った。彼女はまた無視をする。


そうして、夜を超えた。「おはよう」と言っても、彼女は不機嫌そうに僕を無視して、トイレに行く。いよいよ本格的に彼女の機嫌をとらなければと思った。僕はカバンにワープロを入れた。


「今日、和霊公園行く?」


彼女は何も言わず、しかしはっきりと大きく頷いた。僕は彼女の支度を玄関先で靴を履いたまま待った。彼女は何も言わずに、靴を履き、僕の横目にドアを開けた。



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