和霊
公園に着くと、いつもの東屋にどちらからともなく座り、彼女は絵、僕は小説を書いた。こういう時、小説の筆が進むことを、僕は幾度もなく経験していて、それは今日も例にもれず、僕は2時間で5000文字くらい書いた。彼女も黙ってはいるが、筆がよく進んでいるように見えた。お互いに集中できている。
過去の恋愛で、当時付き合っていた女性と一緒にいるときに小説を書いていたことがあった。でも、全然と言っていいほど集中できなかった。女性は僕を猫のように邪魔をしたし、それに構ってしまう僕もいけなかった。このままこの女性といると、いろんなことがすべて、ダメになるような気がした。僕には小説しかない。書くことしかできない。それすらもできない僕は、いないのも同然で、誰かが傍にいることでその存在を確かめ合えるのに、いないことになっているところに、激しい矛盾を感じた。
そういった意味でも、僕は彼女と出会えたのはラッキーだったと思う。もっと早く出会っていればよかったと心底思う。
ミュージックサイレンで「とんび」が流れた。彼女は立ち上がって、和霊神社の方へ歩いて行った。きっと煙草を吸うのだろう。僕は目で追いながらも、もう少し書いていたい気分だったから、構わず書いた。10分ほどで彼女は戻ってきた。僕の横を通った時に、神聖さをまとった風が、煙草と香水を混ぜて乗せる。すっかり彼女の匂いになってしまった。僕の大好きな匂いだ。
「お昼、食べに行かない?」
と僕はワープロを閉じた。彼女はまた黙って、しかし、大きく頷いた。
「何か食べたいものはある?」
「……パスタ」
「いいね、パスタ。どこかいいところ知ってる?」
「うん。クーポンもある」
「それはいいね。じゃあ、そこにしようか」
「うん」