夜明けが世界を染めるころ

トムおじさんにしか聞こえないようにコソッと目的地を伝えると、ニヤっと笑う、察したようだ。

「あいよ」

短く答え、馬車は静かに走り出した。

「お嬢様、どちらへ?」

「んー、すぐそこまで」

曖昧に返すと、それ以上は追及されなかった。
ほどなく馬車が止まり、セナと一緒に降りる。

「お嬢様……」

セナが何か言う前に、

「はいろー」

私はそう言って、先に扉を叩いた。

「はーい」

出てきたのは中年の女性だった。
その背後から、ひょこっと三人ほどの子どもたちが顔を出す。

「お久しぶりです。セナのお母さん」

「ティアナお嬢様!? お久しぶりです。息子がお世話になってます」

驚いた顔のまま、深々と頭を下げられる。

「いえ、こちらこそ。ほら、セナも早く来て」

「え? セナも来てるの?」

その声に反応して、のんびり歩いてきたセナのもとへ、子どもたちが一斉に群がった。
弟や妹たちだ。

「もう、帰ってくるなら早く言いなさい」

少し呆れた口調に、セナは肩をすくめる。

「お嬢様が急に立ち寄ったから。すぐ帰るよ」

「セナ、帰ってきたのいつ以来?」

私がそう聞くと、セナは少し考えるように首を傾げた。

「三ヶ月? ……いや、半年……」

「八ヶ月ぶりよ」

母親が即座に突っ込む。

そして、ふと私の手元——さきほど包んだドーナツの袋に視線を落とし、少し声を潜めた。

「……最近、宝石のことで物騒な噂があるでしょう?」

唐突な一言に、セナの動きがわずかに止まる。

「近所でもね、宝石を買ってから様子がおかしくなった人がいるんです」
「急に怒りっぽくなったり、夜も眠らなくなったり……まるで別人みたいで」

子どもたちが不思議そうに母を見上げる。

「まるで宝石に魂を売ってしまったようだって…聞くものですから」

「母さん」

セナの声が、きっぱりと割って入った。
低く、けれど強い調子だった。

「その話は、ここですることじゃない」

一瞬、空気が止まる。

「……そうね」

母親はすぐに察したようで、軽く笑って話題を切り替える。

「さあ、せっかく来たんだもの。お茶にする?
子どもたちも、セナに見せたいものがあるみたいだし」

「ありがとう。でも長居はできない」

そう言いながらも、セナは子どもたちの頭を一人ずつ撫でた。
さきほどまでの硬さが、少しだけ和らぐ。

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