夜明けが世界を染めるころ
テオはどこだろう。
今日は午後からの勤務のはずだから、午前中はきっといる。

もしかして、木の上かな。
そう思った瞬間、目の前を颯爽と降りてきた人影に驚き、思わず足元が揺らぐ。

その刹那、テオがさっと腕を伸ばして私の手を掴んだ。

「ごめん、お嬢さま」

近い。
顔を上げると、すぐそこにテオの笑顔があった。

「大丈夫。相変わらず身軽ね」

「お嬢さまの姿が見えて……嬉しくて」

へにゃり、と力の抜けた笑い方。
その声も、表情も、胸の奥をくすぐる。

テオと2人きりで話したあの日から、彼との距離は確実に変わった。
気づけば、以前よりずっと近い。

テオの腕がそっと伸びてくる。
逃がさないみたいに、やさしく。
指先が私の髪に触れ、そのまま耳元へ。

光を受けて揺れるタンザナイトを、じっと見つめる。

「これ……いいね。
お嬢さまに、すごく似合ってる」

低い声が近くて、思わず息が止まる。
胸がきゅっと鳴った。

「うん……セナがくれたの」

そう告げると、テオは一瞬だけ目を伏せて、それから柔らかく微笑んだ。

「そうか」

触れていた指は離れない。
むしろ、ほんの少しだけ近づいてくる。

「でもさ……」

耳元で、囁くように。

「お嬢さまが、綺麗なのは…
宝石のせいだけじゃないよ」

その声は低く、柔らかく、耳元で溶けるみたいで独占欲を滲ませる。
胸の奥が熱くなって、思わず視線を逸らそうとする。

けれど、テオの指がそっと顎に触れて、それを許さない。

「……逃げないで」

囁きはお願いみたいで、ずるい。

近すぎて、互いの呼吸が重なる。
テオの視線は真っ直ぐで、でもどこか不安そうだった。

「お嬢さま」

名前を呼ばれるだけで、心臓が跳ねる。

「俺、立場とか……分かってるつもり」

指先が、ゆっくりと私の髪をなぞる。
絡め取るように、名残惜しそうに。

「でも、朝こうして会えて、
笑ってくれて、
俺だけを見てくれる時間があると……」

声が、少しだけ震んだ。

「それだけで、
ずっとそばにいたくなる」

額が、こつん、と触れる。
キスよりも近くて、でも触れない距離。

「午後になったら、
俺はまた“騎士のテオ”に戻る」

小さく笑うけれど、目は真剣で。

「だから……今だけ」

親指が、私の耳元のタンザナイトに触れ、
そのまま頬をなぞる。

「お嬢さまの時間、
少しだけ……俺にちょうだい」

答えを待つように、テオは動かない。
唇は、触れそうで触れないまま。

甘い沈黙が、2人の間に落ちた。
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