夜明けが世界を染めるころ
子どもたちが再びセナのもとへ駆けていくのを見届けてから、私はセナのお母さんにそっと声をかけた。

「先ほどの……宝石のお話ですがもう少し、詳しく聞いてもいいですか?」

一瞬、迷うように視線を伏せてから、彼女は小さくうなずいた。

「ええ……実は、噂というより、身近な話でして」

家の中へ招かれ、簡素な椅子に腰を下ろす。
窓から差し込む午後の光が、少しだけ埃を照らしていた。

「ご近所に、パン屋をやっているご夫婦がいるんです。
奥さんがね、少し前に“運が良くなる宝石”だと言われて、ネックレスを買ったそうで」

「運が……」

「ええ。最初は本当に調子がよかったみたいです。売り上げも伸びて、元気で、よく笑う方だったのに……」

そこで言葉を切り、手を握りしめる。

「だんだん、怒りっぽくなって、周りの言うことを聞かなくなって……夜中でもネックレスを外さないって」

——宝石を“手放さない”。

昼食会で聞いた噂と、ぴたりと重なる。

「ご主人が心配して、外すように言ったら……まるで別人のように怒鳴り散らしたそうです」

「……その後は?」

「騎士団の方が話を聞きに来てました。奥さんは、部屋に閉じこもっている状態です。詳しいことは教えてもらえませんでしたけど……似た話が、いくつもあるようで」

私は静かに息を吸った。

「その宝石は、どこで?」

「行商人だそうです。ちゃんとした商会ではないらしいです」

「石の色や形は覚えていますか?」

「ルビーのように赤みがかっていて……妙に、光が強かったとしか」

その言葉に、無意識にセナのほうを見る。
子どもたちに囲まれ、今は穏やかに笑っている。

「……変な話でしょう?」

「いいえ」

私は首を横に振った。
セナの母親に向き合う。

「教えてくださって、ありがとうございます」

「セナもこの事件に関わっているのですか?」

騎士団員であるセナも事件については調べてもらっている。

「詳しくは話せますが…」

曖昧に言葉を濁す私に、ハッとしたような表情をする。

「ごめんなさい、出過ぎた真似を…」
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