夜明けが世界を染めるころ
「殿下の瞳は、まるでアレキサンドライトの宝石のようですね」

アレキサンドライト――
明るい場所ではエメラルドのように緑に輝き、
暗闇ではルビーのような赤に変わる、希少な宝石。

「そうだよ。気味が悪いだろ。血のように赤い瞳は」

自嘲気味な声。

「そんなことありませんよ。私の知り合いにも、赤い瞳を持つ人がいます。
本人はそれを嫌がっていますけど……私は、ルビーみたいで綺麗だと思っています」

闇の中で、殿下がわずかに息を吸うのがわかった。

「……その彼は、君にそう言ってもらえて幸せだろうね」

「そうだといいですけど」

黒髪に赤い瞳――テオの顔が自然と浮かぶ。
少し照れたように笑って、「大好きだよ」と言った声。
軽く触れるだけのおでこのキス。

……だめだ、思い出して急に熱くなる。

その瞬間。

「――君に、そんな顔をさせるとは」

低く、静かな声。

目が暗闇に慣れ、殿下の姿がぼんやりと見える。
先ほどまでの余裕のある微笑みはなく、
どこか不機嫌そうに、私を見下ろしていた。

「何をされたのか、少し気になるね」

責める口調ではない。
けれど、探るような、試すような響き。

「別に、何かされたわけでは……」

言いかけて、言葉に詰まる。
何もされていない、というのも違う気がした。

「……大切な人です」

短く、正直にそう答える。

一瞬の沈黙。

雷鳴が遠くで低く響く。

「なるほど」

殿下は小さく息を吐いた。

「君は、ああいう顔を“誰にでも”見せるわけじゃないんだな」

その声には、微かな苛立ちと――
それ以上に、抑え込んだ感情が滲んでいた。

「安心したような、余計に厄介になったような……不思議な気分だよ」

そう言って、ふっと笑う。

「まあいいさ」

暗闇の中、アレキサンドライトの瞳が、静かに私を映す。
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