夜明けが世界を染めるころ
温室の方角から、黒い煙がゆっくりと立ち上っているのが見えた。
夜の庭園に不釣り合いな影が、空へ溶けていく。

「……温室の方から煙が」

それよりも、胸をよぎった不安を抑えきれず、私は口にする。
「セナとユウリは……?」

殿下は歩みを止めず、落ち着いた声で答えた。
「大丈夫。彼らはレイと一緒さ」

その言葉に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
けれど、次の疑問がすぐに湧いた。

「……こんなことをして、本当に大丈夫なんですか?」

振り返った殿下は、まるで当然のことのように笑う。
「大丈夫、大丈夫」

その軽さが、逆に怖い。

「今日、ここに集まっている人間たちはね」
殿下は煙の立つ温室を一瞥し、声を低くした。
「もう宝石に“飲まれかけている”者たちだ」

「……っ」

「騎士団が、今日まとめて処理する」

その言葉に、足が一瞬止まる。
「処理って……」

殿下は即座に首を振った。
「殺しはしない」

そして、静かに、しかし断言するように告げる。

「宝石を壊すだけだ」

宝石――人の欲と命を喰らう、あの忌まわしい存在。
温室で起きている爆発と煙は、その“核”を破壊するためのもの。

「そのために、今日ここにまとめて集めたんだ」

囮の宴。
美術品も、酒も、音楽も、すべては偽装。
宝石に侵されつつある者たちを一箇所に集め、被害を最小限に抑えるための――冷酷で、しかし必要な策。

「……それでも」

言葉を探す私に、殿下は一瞬だけ視線を向ける。
サーフェスの仮面の奥にある、殿下の本当の顔で。

「だからこそ、君に共犯になってもらった」

その手が、再び私の手を強く握る。
「これは、誰かが汚れ役を引き受けなければならない仕事だ」

遠くで、宝石が砕けるような甲高い音が響いた。
温室の煙が、少しずつ薄れていく。

逃げる足音の中で、私は悟る。
――もう後戻りはできない。

私は、殿下の隣で、この夜の“真実”を知ってしまったのだから。
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