夜明けが世界を染めるころ
「……殿下に、もう一つ聞きたいことがあります」

殿下は、促すように首を傾けた。

「婚約者とか恋人は、いないんですか?」

一瞬、きょとんとした顔。

……いや、そこ驚くところじゃないでしょう。

この国の第一王子だ。
婚約者は何人かいると聞いているし、いて当たり前だ。
いなかったらいなかったでおかしい。

伯爵家の娘が、いきなり殿下の婚約者。
政治的にも、感情的にも、まずい未来しか見えない。

「気になるかい?」

少し楽しそうに笑う。

「……少しは」

正直に答える。

殿下と婚約すれば、面倒事は確実に増える。
泥沼になるのは、できれば避けたい。

殿下は肩をすくめた。

「形式上、何人かはいるよ」

やっぱり。

「ただし」
すぐに続ける。
「君が思っているような“本命”はいない」

「……形式上?」

「王族だからね。顔合わせだけの関係や、名前だけの話も含めて、という意味だ」

少しだけ、声の調子が変わる。

「それよりも」
殿下は私を見る。
「今、私が一番気になっているのは君だよ」

「……私、ですか?」

「そう。君自身」

殿下は、いつもの軽さを残しつつ、はっきりと言った。

「ティアナ嬢はさ。
自分の立場に縛られず、努力を続けて結果を出してきた」

「ただ優しいだけじゃない。計算高くて、強かで……欲深い」

――ちょっと待って。

(欲深いって、今言った?)

「あの」
私は即座に突っ込む。
「それ、褒めてます?」

「すごく褒めてる」

迷いゼロの即答。

「私はね」
殿下は穏やかに言う。
「聖女みたいに、誰にでも無条件で優しい人間は信用しない」

「味方にするなら…私と同じか、それ以上に、思慮深い人がいい」

……やっぱり、絶対褒め方おかしい。

私はため息をついた。

「殿下、本当に人の地雷を踏むのが上手ですね」

「才能だよ」

誇るな。

それでも――
この人が、軽い言葉だけで言っていないことは、わかる。

だからこそ、厄介で。
だからこそ、目が離せない。
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