夜明けが世界を染めるころ
こんこん、と。

少し強めのノック音が響いた。

「失礼いたします」

扉が開くと同時に、
朝食のワゴンと一緒に現れたのはアリスだった。

いつもより歩幅が早い。
表情も、どこか険しい。

「お目覚めになられましたか、お嬢様」

「うん…おはよう」

そう答えるより早く、
彼女はずいっと私の額に手を伸ばす。

「……熱、なし」

「喉の腫れも、問題なさそうですね」

ほっと息をついた、次の瞬間。

――ぎろり。

視線が、真後ろに立つ人物へ突き刺さった。
さっき出て行ったはずでは…

「……殿下」

「なにかな、アリス」

ディランは涼しい顔だ。

「一晩中、同じ部屋にいらしたと伺いましたが」

「ああ」

即答。

「看病だよ」

「…………」

アリスの目が、すっと細くなる。

「“看病”とは、具体的にどこまででしょうか」

「水を飲ませたり、熱を測ったり、
手を握ったり」

「殿下」

ぴしっ。

「最後の一つが、非常に引っかかります」

「必要だった」

「必要以上では?」

「必要最小限だ」

「判断基準が殿下基準では困ります」

……ひぃ。

2人の間に、目に見えない火花が散っている。

「お嬢様はご病気で、意識も朦朧としておられたのです」

「その状況で、若き健全な男性が――」

「健全は余計だ」

「いえ、重要です」

きっぱり。

「念のため確認いたしますが」

アリスはずいっと一歩踏み出した。

「――本当に、何もなさっておりませんね?」

「誓って」

即答。

「王家の名にかけて?」

「もちろん」

「騎士団と国民と、先王陛下の御名にかけて?」

「ふふ、もちろん」

苦笑いしながら答えるディラン。

「……アリス」

私が思わず口を挟むと、

「お嬢様、どうか黙っていてください」

即座に遮られる。

「ここは重要案件でございます」

重要案件。

「殿下」

なおも疑いの目。

「仮に――ほんの少しでも距離が近すぎたなど」

「ない」

「夜通し、見つめていただけ、とか」

「……それはあった」

「殿下!!」

「眠っていたから問題ないだろう」

「問題しかありません」

ぴしり。

空気が震えた。

「……アリス」

ディランが珍しく視線を逸らす。

「君の忠誠と心配は理解している」

「だが」

静かに続けた。

「彼女を傷つけるようなことは、
絶対にしない」

その声音は、冗談の欠片もなく真剣だった。

アリスは一瞬言葉を失い、
やがて深く息を吐く。

「……承知いたしました」

「ですが」

ちらり、と私を見る。

「お嬢様に少しでも異変がございましたら」

再びディランへ。

「私は、殿下であろうと容赦いたしませんので」

「覚悟しておくよ」

苦笑混じりの返答。

アリスはようやく表情を緩め、
ワゴンを私の側へ寄せた。

「では、改めまして
朝食をお持ちいたしました。
本日は胃に優しい献立でございます」

スープの湯気が、ふわりと立ちのぼる。

「ゆっくりお召し上がりください、お嬢様」


ディランと視線が合う。

彼は小さく肩をすくめて、
苦笑しながら囁いた。

「……君の周りは、手強い味方ばかりだね」

「はい……」

本当に、その通りだった。
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