夜明けが世界を染めるころ
訓練場の端で、剣の手入れをしているセナの姿を見つけた。

陽を受けて、磨かれた刃が静かに光っている。

「……セナ」

声をかけると、彼は顔を上げてすぐに立ち上がった。

「お嬢様。もう動いて大丈夫ですか?」

「うん。だいぶいいよ」

そう答えると、セナはほっとしたように息をつく。

「そうですか。ですが、無理はなさらずに」

「ありがとう」

少し間を置いて、私は思い出したように言った。

「そうだ、セナ。手、出して」

「……手、ですか?」

不思議そうな顔をしながらも、セナは言われた通り手を差し出す。

私はそっと彼の手袋を外した。

「お嬢様——」

「動かないで」

手のひらには、潰れたまめの跡がいくつも残っていた。

その一つに、私は小さな薬瓶を開ける。

「お医者様にお願いして、出してもらったの」

白い薬を指に取り、そっと塗り込む。

セナは少し気まずそうに視線を逸らした。

「……これくらい、大丈夫なのに」

「だめだよ」

私は顔を上げて言う。

「大事な手だよ」

彼の指が、わずかに強ばった。

「私ね、セナの振る剣、好き」

「……え?」

突然の言葉に、セナが目を見開く。

「きれいだから」

そう言うと、彼は言葉を探すように口を開きかけて――

「……そんなこと、ありませんよ」

小さく否定しながら、耳が少し赤い。

薬を塗り終え、薬を塗り終えたところで、私は包帯を取り出した。

「少しだけ、巻くね」

そう言って、セナの手に軽く包帯を巻いていく。

ぎゅっと締めすぎないように、指先で力を調整しながら。

「……痛くない?」

「はい、大丈夫です」

そう答えながらも、セナの声はどこか落ち着かない。
包帯を留め終え、そっと手を離す。

「これでよし」

「……ありがとうございます」

少し照れたように、セナは視線を落とした。

「お嬢様に、こんなことまでしていただくなんて……」

「いいの」

私は首を振る。

「セナの手はね、守るものだよ」

彼は一瞬、言葉を失ったように黙り込んだ。

「剣を振る手でしょ。
人を守る手でしょ」

だから、と小さく付け加える。

「傷ついたままにしてほしくない」

風が訓練場を抜け、包帯の白が揺れた。

「……私には、剣しかありません」

ぽつりと、セナが言う。

「それでもいいよ」

私は即座に答えた。

「セナの剣、きれいだもの」

「……また、それですか」

困ったように笑いながらも、耳は少し赤い。

「でも……そう言われると」

彼は包帯を巻いた手を、そっと握った。

「ちゃんと大事にしようと思えます」

その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。

「ねぇ」

私は顔を上げる。

「少し、見ててもいい?」

「……はい」

セナは剣を手に取り、静かに構えた。

「面白くはないと思いますが」

「そんなことないよ」

微笑んで言う。
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