夜明けが世界を染めるころ
ゆっくりと息を吸った。

胸の奥で、冷たい何かがすとんと落ちた。
怒りでも、悲しみでもない。

――理解してしまったのだ。

この男が、何を恐れ、何から逃げ続けてきたのかを。
前を見据える。ガイルから目を逸らさずに。


「あなたは、
『王になって国を導きたかった』わけじゃない」

ガイルの睨むような視線を感じる。

「ただ――
力を持てない自分が、怖かっただけ」

「黙れ…!」

「制御できない力が怖くて、
失うことが怖くて、
選ばれない存在になるのが怖かった」

「黙れと言っている!」

ガイルの魔力が、びり、と荒れる。

それでも、声は揺れなかった。

「だから、その不安を消すために、
“王になる”という言葉にすがった」

「俺は……国のために……!」

「本当は」

言葉を重ねるように、静かに。

「誰かを守りたかったわけでも、
国を良くしたかったわけでもない」

「そんなことは……!」

「弱い自分を、認めたくなかっただけ」

一瞬、ガイルの言葉が詰まる。

「……っ」

「その恐れから逃げるために、
人を支配し、
力を独占した――」

「やめろ……!」

震えた声。

怒りでも威圧でもなく、
追い詰められた獣のような叫び。

まっすぐに彼を見据えた。

「ただの、愚か者よ」

横にいたディランはふっと笑う。
「よく言った、ティアナ」


ガイルの表情が、激しく歪んだ。

「黙れ……!」

「お前にわかるものかーーー!」

ガイルは指を鳴らした。

床の魔法陣が一斉に発光する。

「せいぜい苦しむがいい。
まずは実験の続きだ」

――警告音。

壁が割れ、魔女の雫で構成された魔導兵が這い出してくる。


ガイルの視線が、獲物を見るそれに変わるのがわかった。

私は小さく息を吸い、ドレスの裾を見下ろす。

淡い色のスカート。
ルイが仕立ててくれた、大切な一着。

けれど――今は。

腰元へ手を伸ばす。

スカートの内側。
縫い目に紛れるように取り付けられた、細い留め具。

カチリ。

小さな音とともに、裾の重みが消えた。

外れたスカートが、静かに床へ落ちる。

下から現れたのは、
動きやすい濃紺の細身のズボンと、ブーツ。

「……さすがだな」

思わず小さく笑ってしまう。

――ルイの顔が浮かんだ。

『戦う時に裾を踏んだら危ないでしょう?
だから“外せるだけ”にしておいたの。』

薔薇の刺繍が入っており、戦闘服なのに美しい。
ルイらしいな。

ディランが一瞬だけ目を細める。

「似合っている」

「今、褒めるところ?」

「今だからだ」

短くそう言って、彼は剣を抜いた。

「準備はいいか、ティアナ」

私は床に落ちたスカートを一度だけ見てから、前を向く。

「ええ」

宝石に手を添え、魔力を整える。

「……行こう」

巨大装置が唸りを上げ、
紅血が、まるで生き物のように蠢いた。

ガイルが、愉快そうに笑う。

「その姿で立つということは――
覚悟はできたようだね、魔女の器」

ディランが一歩前に出る。

「彼女をそう呼ぶな」

剣先が、光を帯びた。

戦闘は、もう避けられなかった。
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