夜明けが世界を染めるころ
テオは静かに詠唱する。

「――紅く、鋭く。
我が想いに応えよ、スピネル」

瞬間。

剣身が燃えるような深紅に染まり、空気が裂けた。

一閃。

音すら置き去りにした斬撃が、ローブの男を正面から貫く。

魔女の雫の魔導装置が悲鳴のような軋みを上げ――
次の瞬間、粉々に砕け散った。

「……っ、ぐ……」

男は膝をつく。

血と黒い魔力が床に滴り落ちた。

テオは、倒れた男にゆっくりと剣を向ける。

その表情には、怒りも憎しみもなかった。

ただ、静かな決別。

「……一つだけさ」

低く、穏やかな声。

「感謝してることがあるんだ」

男がかすれた目で見上げる。

テオは、にやりと口角を上げた。

「――あんたのおかげで」

一瞬、脳裏に浮かぶのは
蒼い光と、優しい声と、まっすぐな背中。

「お嬢様に、会えた」

紅い光がさらに強くなる。

「だから……もう十分だ」

剣を振り上げる。

「さよならだよ」

――閃光。

スピネルの紅が、通路を染め上げた。

次の瞬間、そこに残っていたのは
砕けた魔導装置と、静まり返った空気だけだった。

テオは血を払うように剣を振り、鞘へと収める。

「……さて」

いつもの軽い調子で肩をすくめる。

「借りは返した。
あとは、お嬢様のところに戻らないとね」

赤い非常灯の下。

その背中はもう、過去を振り返らなかった。


赤い非常灯が、断続的に通路を照らしていた。

静寂の中、レオがぽかんと口を開けたまま、テオを見る。

「……なに今の」

一拍。

「かっこよすぎじゃない!?」

テオがぴたりと足を止める。

「は?」

「いや今の一撃!
一言!
表情!
全部決まりすぎでしょ!!」

身振り手振りまで真似され、テオは露骨に顔をしかめた。

「うるさい。黙って歩け」

「えー照れてる?」

「照れてない」

「絶対照れてるって!」
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