夜明けが世界を染めるころ
エマを安全な場所に寝かせ、私はゆっくりと立ち上がった。
胸の奥に残る、使ってしまった感覚を押し殺す。

――ラピスラズリの浄化。

それは伯爵家に代々伝わる、血に刻まれた力。
誰もが使えるものではなく、
歴代でも発現した者は、指で数えるほどしかいない。

だからこそ、この家は三大伯爵として存続してきた。
そして同時に――
決して表に出してはならない力でもあった。

ルイはまだ割れた宝石を見つめていたが、やがて視線を上げ、私を見る。

「……今の、誰にも見せちゃいけない類の力だよね」

否定しなかった。
代わりに、短剣の柄を軽く握り直す。

この刃に埋め込まれたラピスラズリが、
私の魔力に応え、形を変えたことも――
本来なら、知られてはならない。

「ルイ」

名前を呼ぶと、彼は背筋を伸ばした。

「さっきのこと。エマを助けた方法も、剣のことも……
 他の誰にも言わないでほしい」

一瞬の沈黙。

命令ではない。
でも、拒めば関係が変わる――そんな境界線の空気。

ルイは小さく息を吐いて、肩をすくめた。

「なるほど。
 “見なかったことにしろ”ってやつか」

「……お願い」

その言葉に、ルイは少しだけ目を見開いた。
そして、苦笑する。

「ティアナちゃんがそんな顔で頼むなら、答えは一つよ」

彼は胸に手を当て、軽く頭を下げた。

「ここにいる間、今日見たことは全部、私の中で終わり。
 エマにも、他の誰にも話さない」

胸の奥に、ようやく息が通った。

「ありがとう」

「その代わり」

ルイは真剣な目で言った。

「一人で全部背負う気なら、いつか破綻する。
 ――何かあったら私にも頼って」

私は少しだけ笑った。

「その時が来たら、考える」

床に残る割れた宝石を見下ろし、再び表情を引き締める。

浄化の力は、祝福であり――同時に呪いだ。
持つ者の人生を、否応なく縛る。

力は隠す。
正体も伏せる。

でも――
この宝石をばらまいた“誰か”だけは、絶対に見逃さない。
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