もう一度、好きになってもいいですか?

私のせい?


 〈 母視点 〉


 美咲が出て行ってしまった。


 …流石に言い過ぎてしまったと後悔はしている。
 でも、美咲のためよ。
 美咲には、こんな痛みを味わせてあげたくない。


 リビングに置きっぱなしになっていた美咲のスマホに気づく。

 (スマホ…かえしてあげなきゃ)

 そう思って手に取った瞬間、画面が光った。

 そこに表示された名前――「碧」。

 胸の奥がざわついた。
 指が勝手に動き、通知を開いてしまう。

 (ダメなのに……)

 でも、好奇心に負けた。


 [試合、すごかった!また見にいっていい?]

 [勿論!次も勝つから見とけよな!]


 短いやりとり。
 けれど、そこに“恋”の匂いが漂っていた。

 (美咲……)

 娘の成長が嬉しくないわけじゃない。

 むしろ誇らしい。
 だけど同時に、胸の奥が痛む。

 恋をすれば傷つく。裏切られる。泣かされる。
 それを誰よりも知っているのは、この私だ。


 「……どうしたらいいのよ」


 小さくつぶやいたそのとき。
 突然、扉が勢いよく開いた。


 「ただいま…ちょっと何見てるの!?」

 美咲の驚いた声。
 私はスマホを持ったまま、動けなかった。


 「……美咲。碧くんっていうの?」


 口をついて出た言葉は、思ったよりずっと冷たかった。
 娘の顔が強張り、慌ててスマホを奪い返す。


 「勝手に見ないでよ!」

 「ごめん。でも……」


 私は必死に声を絞り出した。


 「美咲、恋なんてまだ早いわ。
 傷つくのよ。私が何度もそうなったように」


 その瞬間、美咲の表情が変わった。
 怒りと涙と、混じり合った複雑な顔。


 「……やっぱり。そう言うと思った」

 「何が?」

 「お母さんのせいで……私は恋が怖いんだよ!」


 胸が抉られるような痛みが走った。

 私のせい? 
 私の生き方が、この子の未来を縛ってしまったの?

 言葉を返す間もなく、美咲は堰を切ったように叫ぶ。


 「好きになるのって、泣くことなんだって思ってた!
 だっていつもそうだったもん。
 好きになって、別れて、泣いてるお母さんを見て……
 恋ってそういうものなんだって思ってた!」


 体の力が抜けていく。
 足を前に出そうとしたが、途中で止まった。


 「……そうよ。私は失敗ばかり。
 何度も信じて、何度も裏切られて。
 でもね、美咲。私だって幸せになりたいのよ。
 誰かを好きになる気持ちを……やめられないの」


 声が震える。
 娘に泣き顔なんて見せたくなかったのに。
 なのに、涙が溢れそうになる。
 けれど美咲は首を振った。


 「……そんなの、わかんないよ!
 そんなこと言うなら、応援してくれたっていいじゃない!!」


 その叫びを残して、彼女は駆け出していった。
 ドアが乱暴に閉まる音が、胸に深く突き刺さる。
 静まり返ったリビングで、私はただ立ち尽くすしかなかった。

 (私は……母親として、間違ってるの?
 それとも……女として弱すぎるの?)

 答えは出ない。
 ただ、止められない涙が頬を伝って落ちていった。
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