ベッドの隣は、昨日と違う人

第五章 美咲の結婚式&二次会

34話 美咲の結婚式へ





鏡を開いて、後ろの髪を見せてもらう。

「はい、いかがですか?」

編み込まれた髪がやわらかくまとめられていて、首元がすっきり見える。
思わず、みいなは声を弾ませた。

「わっ……かわいい」

結婚式用に整えられた髪型を、少し角度を変えて何度も確かめる。
鏡の中の自分が、いつもよりちゃんとして見えて、自然と笑顔になった。

「ありがとうございました」

そう言って立ち上がると、美容師がにこやかに見送ってくれる。
ドアを出た瞬間、空気がふっと変わった。

式場へ向かう途中、駅までの道。
ショーウィンドウに映ったドレスワンピース姿を、何気なく横目で確認する。

(……うん)

胸の奥で、そっと確かめるように思う。

「かわいい」

小さく微笑んで、みいなは足取りを整えた。
今日は長い一日になりそうだった。




式場の最寄り駅を出ると、空気が少しだけ違って感じられた。
週末の昼下がり、スーツ姿や淡い色のドレスが行き交っていて、自然と背筋が伸びる。

案内板に沿って歩き、ガラス張りの建物の前で足を止めた。
白い花で縁取られたエントランス。自動扉の向こうに、柔らかな照明が見える。

(……ここか)

一度、呼吸を整えてから中に入る。

ロビーには控えめなクラシックが流れていて、甘い花の香りがふわりと鼻をくすぐった。
受付台の前には、すでに数人が並んでいる。

自分の順番が来て、名前を告げる。

「川崎です」

芳名帳に名前を書いていると、背後から少し弾んだ声がした。

「川崎さーん!」

振り返ると、中村さんが手を振っている。
歯科医院の受付で見慣れた顔なのに、今日は淡いワンピース姿で、どこかよそ行きだ。

「中村さん。おはようございます」
「おはよう。川崎さん、今日可愛いね~」
「中村さんこそ。素敵なワンピースですね」

少し立ち話をしていると、院長や同僚たちも次々と到着して、自然と輪ができる。

「今日は楽しみだね」
「絶対きれいですよね」

そんな他愛ない会話をしながら、スタッフの案内でチャペルへ向かう。

白を基調にした回廊を進くと、天井が高くなり、光がやわらかく差し込む空間が開けた。
新婦側の席へ案内され、静かに腰を下ろす。

前方には、花で飾られたバージンロード。
祭壇の奥には、大きな十字架とステンドグラス。

プログラムを手に取りながら、みいなは膝の上で指を組んだ。

(なんか……実感、湧かないな)

ざわめきが少しずつ落ち着き、照明がゆるやかに落とされる。
オルガンの前奏が流れ始め、場内が静まり返った。

扉の方に視線が集まる。

音楽が変わり、扉がゆっくりと開いた。

ウエディングドレス姿の美咲が、父親の腕に手を添えて入場してくる。

(……綺麗……本当に……)

思わず、息を止めて見つめていた。


息をするのも忘れて、ただその姿を見つめてしまう。
写真を撮ることさえ頭から抜け落ちていた。

みいなの前を通り過ぎる、その一瞬。
ベールの下から、そっと向けられたウィンク。

胸の奥が、ふわっと温かくなる。

(気づいてくれた……)

はっと我に返り、慌ててスマホを取り出す。
シャッターを切るたび、光に包まれたチャペルの中で
美咲の後ろ姿と、長く伸びるベールがやさしく揺れていた。

その光景が、なぜか胸の奥に深く残った。





拍手に包まれて、扉が開く。
白い花びらが一斉に舞い上がり、フラワーシャワーが始まった。

「おめでとうー!」

声が重なって、笑顔があふれる。
美咲は何度も立ち止まって、みんなに手を振って、少し照れたみたいに笑った。
その横で、陽貴(はるき)さんが自然に歩調を合わせているのが、やけに印象に残る。

──ああ、ちゃんと“夫婦”なんだ。

式場へ移動して、照明が落ちる。
生い立ちムービーが始まると、場の空気がふっと緩んだ。

幼い頃の写真。
歯科医院のユニフォーム姿で、スタッフ全員でピースしている一枚。
思わず、みいなの口元も緩む。

「これ、あの時のだよね」

隣の席の同僚が小声で言って、みいなは小さく頷いた。

次に映ったのは、耳付きのカチューシャをつけて、二人で笑っているディズニーの写真。
あの頃の美咲は、今よりずっと無邪気で、でも変わらず楽しそうで。

(……ほんと、たくさん一緒に笑ってきたな)

院長の祝辞は相変わらずで、少しズレてて、でも妙にあったかくて。
会場に笑いが起きたあと、ふっと空気が静まる。

美咲から、両親への手紙。

震える声。
言葉を選びながら、一行ずつ丁寧に読み上げる姿。

その背中を見ながら、みいなは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

──ああ、本当に、終わったんだ。

結婚式は、滞りなく終わった。

美咲は泣いて、笑って、ずっと綺麗で。
いつも隣にいる美咲と同じはずなのに、今日は少し遠くて、ずっと大人に見えた。

陽貴(はるき)さんと、本当にお似合いだったなぁ……。

胸の奥でそう思いながら、みいなはぼんやりと立ち尽くしていた。

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