ベッドの隣は、昨日と違う人
35話 初めて見る姿





「……さきさん、川崎さん?」

声をかけられて、はっと我に返る。

「あ、ごめんなさい。ちょっと、ぼーっとしてて」

「わたしたち、これで失礼するけど……院長が車で送ってくれるらしいの」
「川崎さんは、二次会も出るんだっけ?」

「はい。少し時間あるので、休憩しようかなって思ってます」

「そう。じゃあ原田さんによろしくね」

「はい。みなさん、また月曜日」

「おつかれー」
「お疲れ様ー」

軽く頭を下げて、みいなは会場をあとにした。

二次会は19時スタート。
時計を見ると、まだ16時を少し過ぎたところだった。

——まだ、時間はたっぷりある。

外に出ると、夕方の空気が頬に触れて、式場の緊張がすっとほどけていく。
ヒールの音を響かせながら歩き、みいなは二次会会場の近くにある喫茶店に入った。

「喫茶Moon」

ガラス越しに見えた店内は、照明が落ち着いていて、どこか懐かしい雰囲気だった。

窓際の席に腰を下ろし、チャイを注文する。
運ばれてきたカップから、スパイスの甘い香りがふわりと立ちのぼった。

両手で包むと、じんわりと温かい。

——ちょうどいい、休憩。

スマホを取り出すと、通知が一件。

大地からだった。

📱
「式どうだった?」
「今日ほんとに19時前でいいのか?」
「1人でヒマしてんなら、早めに行くけど」

画面を見つめて、みいなはふっと笑った。

(ほんと、タイミングいいんだから)

少し考えてから、指を動かす。

📱
「うん、無事終わったよ」
「今ね、二次会近くの喫茶Moonってとこで一人でお茶してる」
「ヒマしてるから、きて」

送信すると、チャイを一口。

甘さとスパイスが喉を通って、胸の奥までゆっくり落ちていく。

窓の外では、夕方の街が少しずつ夜の顔に変わりはじめていた。
このあと、どんな時間になるのかはまだわからない。

でも——
ひとりで待つこの時間も、悪くないな、とみいなは思った。


30分ほどして、カラン……と、入り口の鐘が鳴った。

みいなは反射的に顔を上げる。

立っていたのは、大地だった。
けれど、いつもの黒縁メガネはなく、髪も見慣れないセットで整えられている。
濃い色のスーツが肩にすっと馴染んでいて、普段より背筋が伸びて見えた。

みいなの視線が、思わず上から下まで一度、ゆっくりと落ちる。

「……大地?」

短く名前を呼ぶと、大地は一瞬だけ目を細めて、軽く手を上げた。

「おう」

その声も、どこか落ち着いて聞こえる。

みいなはカップを持ったまま、少し前のめりになる。

「あっ……ここね、チャイが美味しいんだよ」

そう言って、メニューを指で軽く叩く。

「そっか。じゃあ、それで」

大地は席に腰を下ろし、水のグラスを手に取った。
一口飲んでから、みいなの方をちらっと見る。

みいなは、少し迷ってから口を開いた。

「ねぇ、大地……今日、コンタクト?」

大地は一瞬だけ瞬きをして、頷いた。

「うん」

「それに……髪」

みいなは言いながら、指先で自分の前髪を無意識に触る。

「そのスーツに、すっごい似合ってる……」

大地は視線を逸らし、喉元に手をやる。

「……え、ほんとか?」
「いい感じ?」

「うん。めちゃくちゃ……」

一拍置いて、みいなは小さく息を吸った。

「かっこいい……」

その瞬間、大地はカップに伸ばしかけた手を止めて、わずかに肩をすくめる。

「……おい。照れるだろ、そんな……」

言い終わらないうちに、店員がトレイを持って近づいてきた。

「お待たせしました。チャイです」

湯気の立つカップが、大地の前に置かれる。

大地は「ありがとうございます」と短く言い、すぐに一口含んだ。

「……お。ほんとだ、うまいな」

みいなは、それを見て少しだけ胸をなで下ろしたように笑う。

「でしょ」

少し間が空いて、大地がみいなを見た。

「……みいなだってさ。今日は、なんていうか」

一瞬、言葉を探すように視線が揺れる。

「馬子にも衣装?」

「……っ、それ褒めてないんだからね」

みいながむっと眉を寄せると、大地はすぐに首を振った。

「いや、そういう意味じゃなくて」

そう言って、椅子に深く座り直し、改めてみいなを見た。

「似合ってる。そういう格好、初めて見た」

みいなは、思わず目を伏せてカップに手を伸ばす。

「……ありがと」

チャイの湯気が、ふたりの間をゆっくりと満たしていった。


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