ベッドの隣は、昨日と違う人
38話 まさかの、あの人






温かい料理の湯気と、ローストした肉の香りが混ざる。
トレーを手に取りながら、少しうろうろと迷う。

(どれにしよう……)

そのとき、目に入ったのは、切り分けられたローストビーフ。
思わずトングに手を伸ばした、その瞬間。

――指先が、誰かの手と触れた。

「あ、すみません」

反射的に声を出す。

「いや、こっちこ……そ……」

言葉が途中で止まる。

「……え?」

一拍遅れて、相手の目も見開かれた。

「え??
……た、拓也くん?」

「……みいな、ちゃん?」

ローストビーフの前で、奇妙な沈黙が落ちる。

「なんで……ここに?」

「いや、今日は……学生時代の先輩の結婚式で……」

視線が泳ぎ、言葉が少しだけ早くなる。

「みいなちゃんは?」

「あ、美咲。
同じクリニックで働く同僚なの」

そこまで言った、そのときだった。

「拓也ー?まだー?」

明るく伸びた声が背後から響く。

「待てなくて来ちゃった♡」

みいなの横に、ふわりと甘い香りが流れ込む。

「……え?
だーれ?知り合い?」

拓也が一瞬だけ言葉に詰まり、みいなを見る。
視線だけで、何かを訴えるように。

「……っ、あ……奥さんの同僚で……
先輩と一緒にご飯食べたことあって……
ね?」

「……はい、そうなんです……」

みいなは小さく頷いた。

「へぇ~、そうなんですかぁ」

女性はにこっと笑って、拓也の腕に軽く触れる。

「拓也がお世話になってます♡
あ、わたし、拓也の彼女です♡
今日は同伴で~♡」

「……あ、どうも……」

喉の奥が少しだけ詰まる。

「……っ、じゃ、じゃあ……
また……」

みいなが一歩引くと、拓也は慌てたように頷き、

「……じゃ、また……!」

ほとんど逃げるように、その場を去っていった。

残されたローストビーフの前で、みいなは深く息を吐く。
トングを握り直し、ゆっくりと数枚、皿に乗せた。

他にもいくつか、適当に料理を取り、そのまま席へ戻る。

「おー、うまいな。ローストビーフ」

大地が一口食べて、そう言った。

「……うん」

「みいな、どうした?
なんかあった?」

「……ううん……」

大地は返事をせず、みいなをじっと見る。
視線だけで、続きを促す。

「あのね……」

みいなは一度息を吸ってから、ぽつりと言った。

「今、ビュッフェ行ったら……あの人が、いた」

箸を持ったまま、みいなは声を落とす。

「え?それ、例の奴か?」

「……うん」

一拍置いてから、続ける。

「それで……彼女って子と来てた」

言いながら、みいなは視線だけを少し右に流す。
ほんの一瞬、顎で示すみたいに。

大地はその動きを見逃さなかった。
箸を置いて、何気ないふりをして肩越しに視線を動かす。

一秒。
それだけで、十分だった。

「……ああ」

低く息を吐く。

「はぁ……そっか。
やっぱり……いたか、彼女」

「なんで?知ってたの?」

「だって、土日全く連絡取れないっておかしくないか?土日休みなのにさ」

グラスに手を伸ばし、氷が小さく鳴る。

「本命がいるのかなって、思ってたよ」

「……そっか」

「みいな、大丈夫か?」

「……うん。
なんか……思ったより……大丈夫」

(あれ?なんで大丈夫なんだろ……?)

自分でも不思議だった。
もっとぐちゃぐちゃになると思ってたのに、
胸の中は、変に静かだった。

大地はみいなの顔を見て、ふっと力を抜いたように笑う。

「そっか。
区切りついてんならさ、今日は楽しもうぜ」

グラスを軽く持ち上げる。

「美咲ちゃんのお祝いなんだし」

「……うん、そうだね」

みいなは少しだけ笑って、前を向いた。

「ビンゴもあるみたいだし、1等当てる!」

「おう、がんばれ」

その声を聞きながら、みいなは思った。

——ちゃんと終わったんだ。
今、ここで。

そう思えたことが、
少しだけ、誇らしかった。



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