ベッドの隣は、昨日と違う人

第六章 二次会のあとで

44話 友達ではいられない






帰り道。
夜風が少し冷たくて、二次会会場のざわめきが背中のほうで遠ざかっていく。

「いい二次会だったな」

大地が前を向いたまま言う。
歩幅はいつもと同じなのに、なぜか今日は距離が近い。

「うん。美咲……本当にきれいだった」

みいながそう言うと、大地は小さく頷いた。

「ビンゴも……当たったしね」

「ほんとだな」

それきり、少しだけ沈黙。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、足音だけが規則正しく響く。

みいなは、意を決めたように視線を落としたまま口を開いた。

「……あ、ねぇ。
さっきトイレの前でね、彼と話したの」

大地の歩くテンポが、ほんの一拍だけ遅れる。

「なんて?」

「ごめんって言われた。彼女いたこととか」

「……うん」

声は低くて、感情を抑えてるのがわかる。

「で、いいよって言ったら、また会ってくれるか聞かれて……」

その瞬間、大地は足を止めた。
街灯の下で、みいなのほうを見る。

「で?会うのか?」

真っ直ぐすぎる視線に、みいなは一瞬たじろいでから、首を振った。

「まさか。もう会わないって言ったよ。
もう流されないし……自分で選ぶからって」

大地は息をひとつ吐いて、また歩き出す。

「そっか」

その一言は短いのに、どこか力が抜けていた。

「だからね、なんかもう……スッキリしちゃった」

みいなが小さく笑うと、大地もつられるように、ほんの少しだけ口元を緩めた。

「あはは……」

数歩歩いたところで、大地が立ち止まる。

「……みいな」

「ん?」

名前を呼ばれただけなのに、胸がきゅっとする。

大地は一度視線を逸らし、夜の空気を吸い込んでから、みいなを見た。

「なんかさ。俺……今、めちゃくちゃ安心した」

「え?」

「友達として、みいなが幸せになったらいいなとか、そういう“いい人ぶった安心”じゃなくてさ……」

言葉を探すように、眉間にしわが寄る。

「あいつと切れたって聞いて、
単純に……嬉しいって思っちまった」

みいなは言葉を失って、大地を見上げる。

「……うん?」

「なんかさ、俺……もう無理かもしんない。
みいなと、友達でいるの」

胸の奥が、どくん、と鳴る。

その言い方が、冗談じゃないってわかってしまって、みいなの胸がきゅっと鳴った。


(え、待って。
“友達でいられない”って、どういう意味……?)

「ええっ……?」

思わず足が止まる。
頭より先に、喉がひくっと詰まった。

「なに?わたし、なにかした?」

自分でも驚くくらい、声が焦っていた。

「……うん、した」

重ねられた言葉に、
胸の奥で、嫌な想像が一気に広がる。

(もし、大地がこのまま離れていったら?
もし、もう会えなくなったら?)

「えっ……や、やだ……っ」

考えるより先に、言葉がこぼれた。

「謝る、謝るから……」

手を伸ばしかけて、途中で止まる。
掴んでいいのかもわからない。

「友達でいられないなんて……言わないで」

――失うかもしれない、って怖さと、
それでも引き止めたい気持ちが、同時に溢れてきた。

みいなの声は少し震えていた。
その様子を見て、大地は困ったように笑う。

「違う。謝るとか、そういうのじゃない」

一歩、距離を詰める。

「今日の格好もさ、ビンゴで笑ってる顔も、
さっき“自分で選ぶ”って言ったときの顔も……」

視線が外れなくなる。

「全部見て、
俺の中で、もう“友達”って言い訳が効かなくなった」

みいなの喉が、小さく鳴った。

(……え?それって……)

「みいな」

呼ばれた声は、さっきより低くて、真剣だった。


「今日はまだ答え出さなくていい。
でも……俺、もう引く気はないから」

夜風が二人の間を通り抜ける。

みいなは、少し間を置いてから、ゆっくり息を吐いた。

「……ずるいよ、大地」

みいなの声は小さかったけれど、足取りは止まらなかった。
横に並んだ大地は、一瞬だけ視線を落としてから、短く息を吐く。

「うん。自覚はある」

それだけ言って、また前を向く。
言い訳もしないし、誤魔化しもしない。その素直さが、余計に胸に残った。

それでも、みいなの口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
さっきまで胸の奥にあった重たいものが、少しずつ形を変えていくのを感じる。

(……でも、たぶん。
もう、わたしの気持ちも――決まりかけてる)

はっきり言葉にするのは、まだ怖い。
けれど、隣を歩くこの距離が、さっきより自然になっていることだけは確かだった。

みいなは小さく息を吸って、もう一度、大地の隣を歩き出した。




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