ベッドの隣は、昨日と違う人
46話 あとはもう進むだけ






── 一週間後、朝、ロッカールーム。

制服に着替えながら、みいなは無意識にスマホを見ていた。
画面はもう暗いのに、指だけが名残惜しそうに端をなぞる。

(……まだ、胸の奥がざわざわしてる)

ロッカーを閉める音が、やけに大きく響いた。

「おはよー!」

振り向くと、美咲がにこっと笑って立っていた。
少し日焼けした頬と、指に光る指輪が、否応なく“新婚旅行帰り”を主張している。

「美咲ぃー!久しぶりー!」

「みいな、式のときはありがとね」

「ううん。どうだった?新婚旅行」

美咲はロッカーにバッグを放り込みながら、肩をすくめた。

「もうね、最高。
楽しくて楽しくて、帰ってきたくなかった」

「あはは。顔に出てる」

「でしょ?あ、あとでお土産渡すね」

そう言ってから、ふっと間を置いて、みいなを見る。

「……てかさ」

声のトーンが一段落ちた。

「こっちも聞きたいこと、山ほどあるんだけど」

みいなの肩が、わずかに跳ねた。

「今日さ、お昼、外で食べない?」

「……う、うん」

即答できなかった自分に、内心で苦笑する。

(やっぱり……逃げられないよね)

そのまま二人で診察エリアへ向かうと、スタッフの声が飛んだ。

「あ、原田さん~!おかえり~!」

「おかえりなさーい!」

美咲は自然に立ち止まり、少しだけ声を張る。

「あ、先日はありがとうございました。
お土産、女子専用スイーツも買ってきたので、更衣室のテーブル見てくださいね」

「……で、こっちは全員用です♡」


「えー!可愛い!」「さすが!」
「女子用もあるの~??嬉しい!」

わっと明るくなる空気の中で、みいなは一歩引いた場所から、その様子を見ていた。

(……ちゃんと、奥さんだ)

それが不思議と、あたたかかった。

「みいな、じゃあお昼ね」

軽く手を振って、美咲は診察室の方へ小走りに消えていく。

残されたみいなは、胸の奥に小さく息を落とした。



昼休み。

湯気の立つ豚汁を前に、美咲は幸せそうに箸を動かしている。

「あー、うまっ。なにこれ、豚汁定食。
やっぱ日本サイコー!」

「あはは、美咲、和食に飢えてた?」

「うん。海外だとさ、急に“出汁”が恋しくならない?あれ不思議だよね」

笑い合いながらも、みいなはどこか落ち着かず、箸の先でご飯を少しずつ崩していた。

美咲はそれに気づいたのか、ふっと箸を止める。

「……それよりさ」

視線が、まっすぐみいなに向く。

「先週ほら。どうだったのよ、あのあと」

「……あのあと?」

「温泉旅行行くってなってたでしょ。
その後、その“大地くん”と」

一瞬、胸がきゅっと縮む。
みいなは湯気の向こうに視線を逃がした。

「……あ、うん」

「“うん”って何よ」

美咲が身を乗り出す。

「なんか……友達でいられない、って」

「きゃー♡」

思わず声を上げて、美咲が手を叩いた。

「で?で?その先は?」

「……もう、引く気ないって……」

言い終わった瞬間、心臓がどくんと鳴る。
自分の声が、思ったより小さくて、少し震えていた。

「みいな!」

美咲が箸を置いて、目を輝かせる。

「それ、ほぼ告白じゃん。
ていうか、もう告白でしょ」

「……やっぱり?」

「やっぱりも何も。完全に、だから」

みいなは視線を落とした。

胸の奥に、昨日から続くあの感覚が、またじんわり広がる。

「でさ」

美咲は急にトーンを落として、真剣な顔になる。

「みいなは?」

一拍、間。

「大地くんのこと、どう思ってるわけ?」

箸を持つ手が止まる。
頭の中に浮かぶのは、帰り道の横顔と、低い声。


――「楽しみにしてるから」

あの言い方。
あの間。

胸の奥が、また熱くなる。

「……正直ね」

みいなは、そっと息を吐いた。

「嬉しい。すごく」

「うん」

「でも……同じくらい、怖い」

美咲は何も言わず、ただ黙って聞いている。

「友達じゃなくなるって、簡単じゃないし……
もし、うまくいかなかったらって思うと……」

言葉を探しながら、指先でお椀の縁をなぞる。

「でも」

そこで一度、言葉を切った。

「……もう、わたしも気づいちゃったんだと思う。友達のままじゃ、いられないって」

美咲は、ふっと優しく笑った。

「そっか」

そして、少しだけ悪戯っぽく。

「じゃあさ、あとはもう……進むだけじゃん」

みいなは苦笑しながらも、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。

(……ほんとだ)

怖い。
でも、それ以上に。

(離れたくないって、思ってる)

その気持ちが、もう答えなんだと――
みいな自身が、いちばん分かっていた。



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