ベッドの隣は、昨日と違う人

第七章 温泉旅行の前に

48話 会う前の夜






温泉旅行まで、あと10日を切った。

それまでは、あの日のことには触れず、
やり取りは日程と時間の確認ばかり。

📱
「何時の新幹線にする?」
「集合は駅でいいよな」

必要なことだけ、淡々と。

(……このまま、温泉まで会わないのかな)

そう思うたび、胸の奥が少しだけざわついた。
会いたい、って言えばいいのかもしれない。
でも、それを言葉にする勇気が、まだない。

「大地、会いたい」

──違う。
なんか、それじゃ軽い。

そんなことを考えながら、ベッドに横になっていた夜。

スマホが震えた。

📱
「みいな、明日の夜会えねぇ?」

一瞬、息が止まる。

📱
「実家から煮物が大量に送られてきてさ。
好きだったなって思って」

(……なに、それ)

理由はささやかで、でも確実に「みいな」を指している。
胸の奥が、じんわり熱くなる。

📱
「うん、好き好き!」
「明日、仕事後にマツエク予約してて……
だから、その後でよかったら」

送信してから、少しだけ後悔する。
テンション、高すぎたかな。

でも、すぐに返事が来た。

📱
「おう、じゃあテキトーに時間潰しとくわ」
「駅あたりにいるから、また連絡して」

📱
「オッケー!」

スマホを伏せた瞬間、心臓がどくんと鳴った。

(……急に会うことになっちゃった)

たったそれだけなのに、
温泉旅行よりも、明日の夜のほうが現実味を帯びてくる。

なんか、緊張する。

会って、何を話すんだろう。
あの日のことには、触れるのかな。
それとも、触れないまま?

考えれば考えるほど、眠れなくなっていく。

(……でも)

会える。

それだけで、胸の奥に小さな灯りがともった。





翌日、仕事終わり。

「こんばんはー」

ガラス扉を押すと、ふわっと甘い香りが鼻に入る。
まつげサロン特有の、少しだけ非日常な匂い。

「あ、川崎さん、こんばんは。
いらっしゃいませー」

受付にいたアイリストの山本さんが、いつもの明るさで顔を上げた。

「では、こちらにお掛けくださいね」

「はい、今日もよろしくお願いします」

リクライニングチェアに腰を下ろすと、背中がゆっくり倒れていく。
天井のライトが視界いっぱいに広がって、自然と肩の力が抜けた。

施術が始まり、テープが貼られる。

「……そういえば川崎さん」

山本さんの声が、少しだけトーンを落とす。

「結局、あれからどうなったんですかー?
ほら、例のマチアプの彼」

一瞬、胸の奥がひゅっと鳴った。

「ああ……あれは……もう」

「えっ?」

テープ越しでもわかるくらい、山本さんの反応が大きい。

「流されちゃうーって言ってたじゃないですか」

「はい……そうなんですけど……」

言葉を選びながら、息を整える。

「あ、じゃあ……他にいい人ができたんですね?」

「山本さん……」

思わず笑ってしまう。

「あはは……んー、まだ、そういうんじゃないんですけど……」

「えー、いいじゃないですか。
聞かせてくださいよー」

少し間が空く。
でも、不思議と今日は隠したくなかった。

「……高校の、同級生なんです」

「へぇ……」

「こっちに出てきてて。
ずっと友達だった人で……」

言葉にした瞬間、胸の奥がじんわり温かくなる。

「え、それめちゃくちゃ羨ましいです~」

山本さんの声が、心底楽しそうになる。

「友達から恋人になるって、わたし憧れなんですよね。
だって、いいとこも悪いとこも知ってて、それでも、って……素敵じゃないですか」

……素敵。

その言葉が、ゆっくり胸に落ちた。

「……たしかに」

みいなは、目を閉じたまま小さく息を吐く。

「彼には……わたしのダメなとこ、見せすぎてますね。
今までも、散々恋愛相談してきて……」

「でも」

山本さんの声が、少しだけ真面目になる。

「それでも川崎さんがいいって言ってくれる人なら、もう大丈夫ですよ」

胸の奥が、きゅっと締まった。

「……もしかして、今日この後……?」

少しだけ、声色が変わる。

「……っ、はい」

間が空く。

「実家から煮物届いたから、お裾分けって……」

自分で言っておいて、ちょっと照れる。

「色気ないですよね……」

「いやいや!」

即答だった。

「そんなんがいいんですよぉ~。
ちゃんと“生活”の匂いする感じ」

くすっと笑う気配。

「いいなぁ。
じゃ、今回ちょっと張り切って可愛くしますからね」

「……あはは」

頬が緩むのを感じる。

「よろしくお願いします」

目を閉じたまま、みいなは小さく笑った。

胸の奥には、不安もある。
緊張も、迷いも。

でもそれ以上に、
今夜はちゃんと“会いたい人に会いに行く”という感覚が、静かに広がっていた。





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