ベッドの隣は、昨日と違う人
49話 はじめての反応





「いかがですか?」

鏡越しに声をかけられて、みいなは一瞬まばたきをした。

「……あ、なんか。本当にいつもより……?」

目元がすっきりして、まつ毛の影がきれいに落ちている。
自分の顔なのに、少しだけよそ行きに見えた。

「はい、ちょっとだけサービスです♡」

山本さんが、わざと小さな声で耳元に囁く。
その距離の近さに、みいなは思わず肩をすくめた。

「ありがとうございます……」

なんだか、もう“会う前”から気持ちを見透かされているみたいで、くすぐったい。

「あと、こないだ新しいアイロン入ったんで、パウダールーム使ってくださいね」
「彼に会うなら、ぜひ」

「……ありがとうございます」

そう言われてしまうと、使わない理由がなくなる。

パウダールームの鏡の前。
みいなは、いつもより少しだけ丁寧に髪を取った。

仕事のときは、まとめるだけ。
大地に会う時巻いてるなんて……ここ数年なかったはず。

(……これ、完全にデート前だよね)

耳の上にくびれができるように、ゆっくりアイロンを滑らせる。
指で軽くほぐすと、柔らかく揺れた。

(やばい……ちょっと照れるかも)

でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ、胸の奥がそわっと温かい。

「……うん、うまくできた」

自分に小さく言い聞かせて、深呼吸。

お会計をしに出口に向かうと、山本さんがぱっと表情を明るくした。

「わ、川崎さん、かわいい!」
「目も髪もばっちりです~!」

その言い方があまりにまっすぐで、みいなは思わず笑ってしまう。

「……ありがとうございます」
「楽しみですね、彼の反応」

「あはは……」
「なんか、言ってくれますかね……」

不安半分、期待半分。

「んー、もし言ってくれなくても大丈夫ですよ」

山本さんはそう言って、自分の目を指差した。

「反応、絶対ここに出ますから」
「ちゃんと、見てきてください」

にっこり笑うその顔に、背中を押された気がした。

みいなはバッグを肩にかけて、もう一度鏡を見る。

(……行こ)

今日は、ちゃんと“会いに行く顔”で。







📱
「大地、お待たせ、終わったよ!
どこにいる?」

📱
「駅前のスタバ。窓際にいるから」

📱
「オッケー」

スマホをバッグにしまった瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
たったそれだけのやりとりなのに、指先が少し熱い。

(なんでこんなに緊張してるんだろ……)

マツエク帰りの夜の空気は、少しだけ冷たくて、その分、頬が熱いのが自分でもわかる。

急いで歩いているせいなのか、
それとも会う相手が“大地”だからなのか──
心拍の理由がわからないまま、スタバの入口前に立った。



窓際の席で、肘をついて外を見ていた大地が、顔を上げる。

「大地、お待たせ!」

振り返った瞬間、
大地の動きが、ほんの一拍、止まった。

「……お、おぅ……全然……」

視線が、一瞬、みいなの顔から髪へ落ちて、
それからまた戻ってくる。

(……今の、見たよね)

胸の奥が、くすぐったくなる。

「あ、わたしも、なんか注文してくるね」

そう言ってカウンターに向かう背中にも、
まだ視線が残っている気がして、自然と背筋が伸びた。

(……可愛いって、思ってくれたかなぁ)

オーダーしたラップサンドとカフェミストを受け取って、トレーを持つ手が、少しだけ震える。

「ごめんね、晩ご飯まだだったから……」

席に戻りながら言うと、大地は苦笑いした。

「ううん、俺もさ、さっきパッと牛丼食ってきてさ」

そう言ってから、少し間を置く。

「……2次会以来、だな」

「……うん……」

その一言だけで、
あの夜の空気が、ふっと蘇る。

一瞬、沈黙。

でも、気まずさじゃない。
むしろ、何かが言葉になる直前みたいな、静けさ。

大地が、みいなの方をちゃんと見て、口を開いた。

「なんか、みいな……今日、可愛い」

「……っ!」

思わず息が詰まって、変なところで咳き込む。

「げほっ、げほっ……」

「大丈夫か?ほら、水」

差し出された水に手を伸ばしながら、
心臓の音が、耳の奥でうるさい。

「大地……今までそんなこと……
言ったことなかったじゃん……」

声が、少しだけ小さくなる。

「そうだけど」

大地はあっさり言った。

「思ってたけど、言ってなかっただけ」

一呼吸置いて、はっきりと。

「だけど、もう思ったことは言う。
……可愛い」

逃げ道のない、まっすぐな言い方。

みいなは、視線を落としたまま、
口元だけがゆるんでしまうのを止められなかった。

「……りがとう」

顔が熱い。
でも、嫌じゃない。

想像していたよりもずっと素直で、
ずっと近いところから投げられた言葉に、
胸の奥が、じんわりと満たされていった。



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