君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
 彼はまたグラスを唇に運び、琥珀の液体をひと口だけ喉に流し込む。その動作は妙に滑らかで艶があった。
 不意に――心臓が大きく鼓動を刻んだような気がした。

「まあ、そんなところ」

 彼は短く笑った。核心に触れたと思わせておいて、わざと煙に巻くような笑い方だった。

「それで、俺の質問。そのシングルモルトを選んだ理由は? 気分? それとも味か?」

 彼の問いに、晴菜はそっと視線を落としてグラスの中の琥珀色の液体をぼんやりと見つめた。液面がまるで炎のように揺れている。

「……強いのってオーダーしただけ」

 彼は、晴菜の答えに小さく眉を上げた。

「強いの、ね。なるほど。逃げるときの選び方だ」

 逃避で飲んでいる――それを言い当てられた瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

「誰だって、弱い夜には度数の高い酒を選ぶ。酔うためじゃなく、鈍くしたいだけのときに」
「……鋭いですね」
「何だって酒が教えてくれる」

 彼はグラスを軽く傾け、残り香を嗅ぐように目を細めた。

「そのモルト、原酒の一部は海沿いで熟成させてるんだ。潮風が樽に触れて、微かに塩の香りが移る」
「へえ……」
「人の痛みも似てるよ。そのモルトみたいに、時間が経てば味に変わる」
「……」

 彼の言葉が、まるで自分の中に沈めていた痛みに触れたようだった。
 忘れたかった。思い出を、名前を、声を。
 でも――康介のぬくもりも、指先の感触も、まだ心のどこかに残っている。
 強い酒で焼き尽くせると思っていたのに、香りの奥に滲む塩気が、逆に涙腺を刺激する。
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