君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
 車内のアナウンスが流れ、晴菜はまたひとつため息をついて足元のスーツケースに手を伸ばした。
 京都駅のホームに降り立つと盆地特有の湿気を帯びた熱気が肌に纏わり付く。改札を抜けた晴菜は、駅前のロータリーでタクシーを捕まえてそれに乗り込んだ。
 タクシーは、祇園の奥、古い町並みが残る一角へと入っていった。石畳が続き、打ち水がされた路地からは、かすかに苔と水の匂いがする。

「ここでいいかい?」
「ええ。ありがとうございました」
 
 告げられた金額を精算してタクシーを降り、晴菜はすぐそばの重厚な佇まいをした建物を見上げた。
 瓦屋根の下に、白い暖簾が涼やかに揺れている。目の前の福寿酒店は、確か晴菜が高校に上がるときに創業百年を迎えていたはず。軒下に吊るされた杉玉は青々としていた。
 杉玉には『新酒のできあがりを伝える』という役割があるのよ、と、一昨年亡くなった祖母が教えてくれたことを思い返しながら、晴菜は引き戸に手をかける。
 重い木の引き戸を開けると、ひんやりとした空気が肌を包んだ。と同時に、リィンと風鈴の軽やかな音が響いた。

「晴菜ちゃん、よう来てくれはったなぁ」
「叔母さん、久しぶり。今日はよろしくお願いします」

 華子の弾んだ声は、冷たい空気に反して明るく温かかった。一階の店舗スペースには、磨き上げられた木の棚に一升瓶がずらりと並んでいた。入り口近くに設置されたレジの脇には宅配便の伝票が山積みになっていた。お中元の時期が近づいているので、注文が立て続けに入っているのだろうと察した。
 二階へ続く階段は年季の入った木造で、一段ごとに小さく軋む。その音がどこか懐かしい。
 
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