君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
「さぁ、そろそろ支度しよか。実家からもろうた涼しげでええのがあるんよ」

 そう口にした華子は、座卓の脇の桐箱に手を伸ばした。蓋を開けると、やわらかな薄緑のグラデーションが目に飛び込んでくる。総絞りの振袖は、光の加減で淡く玉虫色に揺れ、まるで新緑が風にそよぐようだった。細かく均一な絞りの粒が、照明を受けて繊細な陰影を生んでいる。
 帯は、それに合わせて金糸と銀糸がふんだんに織り込まれた、格調高いもの。
 呉服屋生まれの華子の手つきは慣れたものだった。帯を巻くときに息が詰まるほど締められ、晴菜は思わず小さく笑った。
 
「ほんとに、叔母さんの着付けはいつも手加減なしだね」
「当たり前やん。崩れたらみっともないやろ」
 
 口調は厳しくても、着物を整える手つきはどこまでも優しい。帯締めが結ばれ、パールとビジューで彩られた帯留めを添えられた。肩よりわずかに伸びたボブヘアは耳上だけ編み込まれ、そこに金色の蝶とパールで彩られたヘアコームを差し込まれる。

「はい、できあがり。やっぱり綺麗やねぇ、若い子は何着ても映えるわぁ」
 
 鏡に映る自分は、東京でのバーテンダー姿とはかけ離れていた。背筋が自然と伸び、首のラインが長く見える。まるで――別の人生を歩む誰かになったようだった。
 
「どんな気持ちでもええ、ちゃんと前向いといてや」
「……うん」
 
 華子はそう言って、晴菜の背中の帯を軽く叩いた。落ち込んでいることは叔母に話していないものの、やはりなんとなくわかるものなのだろう。
 誰かを信じることも、心を預けることも、また裏切られることに繋がるかもしれない。そんな未来ばかりが頭をよぎる。
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