君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
「承知しました。では、奥へどうぞ」

 案内されたのは、カウンターを抜けた先の個室だった。
 白木の卓に、季節の花を活けた小さな一輪挿し。無駄なものが一切ない静かな空気感が、晴菜の喉をわずかに引き攣らせる。

「……お鮨……?」
「回らないやつな」
「聞いてません!」
「言ったら断っただろ」
 
 奏汰は愉し気に口の端をつり上げ、逃げ道を塞ぐように椅子を引いていく。晴菜は引かれた椅子にため息混じりに腰を下ろした。

「私、完全に浮いてません?」
「別に?」
「……」
 
 不釣合いな場所に連れ出された自覚はある。値段も作法も分からない、空気だけで胃が縮むような店だ。それに、こんな高級な場所に連れ出されるとは思ってもいなかったので、白のTシャツとデニムにミュールで来てしまった。
 
「作法とか、そういうの考えなくていい。こういう場で委縮される方が困る。旨いと思ったら反応しろ。それだけでいい」

 奏汰は向かいに腰を下ろし、そう言いながら徳利を手に取った。理屈としては乱暴なのに、不思議と納得させられてしまう。
 白磁のお猪口を二つ並べた奏汰は慣れた手つきで酒を注ぐ。透明でわずかにとろみのある液体が、静かに器を満たしていく。晴菜は小さく息を吐き、差し出されたお猪口を受け取った。

「……これは?」
「うちの酒。今年の新作。今はこの店にしか卸してない」
「!」
 
 晴菜はお猪口を持つ手を止め、もう一度、透明な液体を見つめた。照明を受けて、透明な液体がわずかに艶を帯びる。
 氷室酒造の副社長――傍若無人な振る舞いにばかり意識がいっていたが、彼は確かに、伝統ある酒蔵を背負う人間なのだ。
< 54 / 128 >

この作品をシェア

pagetop