君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
 数日後。気づけば、晴菜は鎌倉行きの電車に乗っていた。
 何もかもを、いったん手放したかった。康介のために尽くした二年間、彼のために重ねた無理、流した涙――そのすべての思い出を、海の向こうに置いてきたかった。
 
「……すご」
 
 鎌倉の街は初夏の熱気に包まれていた。
 改札を抜けた途端、潮の匂いと焼き立てのクレープの甘い香りが混ざり合った風が頬を打つ。
 鶴岡八幡宮の方向へと流れる人の波。日傘をさす観光客、アイスを片手に笑い合う学生グループ、カメラを構える外国人。誰もが休日の光の中で、何かに夢中だった。街全体が、少し浮き足立っているように見えた。
 
「…………」
 
 どこを見ても、穏やかで、賑やかで、完璧に『幸せそうな景色』が晴菜の眼前に広がる。
 だからこそ、胸の奥が静かに痛んだ。晴菜は海辺へ向かいながら、ぼんやりと空を見上げた。
 
 ――康介は……あの人と結婚するのかな……
 
 心の中で独り言ちたあと、晴菜はきっとそうだと自分に言い聞かせた。あの淡い水色のショップバッグのブランドは、いわゆる婚約指輪の定番ブランドだ。
 思えば、この二年間で数えるほどしかデートしていない。彼のレコーディングやライブがあると言われ、いつもドタキャンばかり。彼の音楽活動の支援のために、自分の給料を康介の生活費に回すだけでなく、彼の機材費やスタジオ代まで貸してきた。
 康介の夢を支えることが、自分の幸せだと信じていたから。いや、そうだと信じたかったのかもしれない。彼の機嫌を損ねないよう、常に一歩引いて、彼の夢を第一に考えてきたのに。
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