君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
 視察を終えたあと、晴菜と奏汰は蔵から少し離れた高坂家の母屋へと移動した。広い庭を囲むように建つ黒瓦の日本家屋は、蔵とはまた違う歴史の重みが堆積したような静けさを纏っている。
 通されたのは畳敷きの広い和室だった。遠くでツクツクボウシが鳴き、夏の午後がゆっくりと熱を帯びたまま溶けていくような空気感が満ちている。

「疲れたか?」

 奏汰はそう口にして、座布団の上にどさりと腰を下ろした。仕事の顔を脱いだせいか、どこか素の彼に戻ったようにも見える。

「ちょっとだけ。だけど、……その、驚きました」
「何が」

 即座に言葉を返され、晴菜は思わず失敗したと心の中で独り言ちた。こんなことをわざわざ口に出すつもりでもなかったし、驚いた、なんていう素直すぎる言葉が零れ落ちてしまったことに、自分でも動揺を隠せない。
 彼の強引な振る舞いの奥に隠されていた、職人としての誇りと、逃げ場のない覚悟。それを突きつけられてしまったせいで、これまで頑なに守ってきた心の境界線が、足元からじわじわと崩れているのを感じる。

 ――認めたら……終わってしまう気がする。

 体裁のため。そう言い訳をしていれば安全でいられる。
 酒と向き合う真剣な横顔を見てしまったせいで、胸の奥が静かに疼く。
 これはただの尊敬だ――バーメイドとして造り手へ興味を抱いただけだと、晴菜は自分に必死に言い聞かせた。
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