君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
 だからこそ、嫌というほど分かっている。伝統という名の重圧に耐え、時代の荒波の中で酒蔵を生き残らせることが、どれほど過酷なものであるかを。

 ――あの女は、何もわかっちゃいねぇ。

『ただ酒を注ぐだけ』と、麗奈は鼻で笑い、晴菜の仕事を、そして彼女の存在そのものを蔑んだ。けれど、酒は、誰かの手を通って初めて「酒」として完成する。流通を担う人間、酒を提供する人間、酒の成り立ちを語る人間。その過程のどれか一つが欠けてしまえば、酒はただの水に成り下がってしまう。
 それを一番分かっていないのが、自分と同じく伝統ある酒蔵に生まれた麗奈だという事実。笑えない冗談にも程がある。昨日の麗奈の勝ち誇ったような、それでいて傲慢な表情を思い返した奏汰は、込み上げる苛立ちと共に盛大な舌打ちをした。
 その瞬間、スラックスのポケットの中のスマホが大きく振動した。奏汰は苛立ちを拭えぬままスマホを取り出し、青白く光るディスプレイに視線を落とす。

「兄貴……」

 表示された名前に、奏汰は露骨に眉をひそめた。ざらりとした嫌な予感が走り、足が自然と止まる。
 ディスプレイをスワイプするまで、一拍の空白を置いた。肺の奥まで都心の乾いた空気を吸い込み、頭の中で荒ぶる感情を無理やり振り落とした。

「はい」
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