君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
「兄貴……本気で言ってるのか? 俺を売ってまであいつらの資本に跪くつもりなのかよ」
『お前を売るつもりはない。だが、家を背負う立場として、個人的な感情だけで断を下せない局面もある。……明日、京都に帰ってきたら、一度膝を突き合わせてゆっくり話をしよう。切るぞ』

 ツー、ツー、という無機質な切断音が耳元で虚しく響く。奏汰はスマートフォンの画面を射抜くように睨みつけたまま、光が沈まない街の雑踏の中に立ち尽くした。
 視界の端を、無数の人間が無機質な影となって通り過ぎていく。都心の熱気に満ちた空気の中にいるはずなのに、足元からじわじわと重い泥に沈み、全身を縛り付けられていくような錯覚を覚えた。
 伝統ある蔵を維持するには、清廉な理想だけではやっていけない。原材料の確保、販路の開拓、そして何より働く杜氏(とうじ)蔵人(くらびと)たちの生活を守ること。
 時東グループとの繋がりが持てれば、普段苦労して捻出している機材の膨大な修繕費もそこまで頭を悩ませる必要がなくなるかもしれない。

「くそ……」

 奏汰はやり場のない憤りを隠すように自分の髪を握り締めた。頭皮がじり、と痛む。
 内側から湧き上がる激しい怒りと、底知れない焦燥。それが濁流となって押し寄せ、眩暈と共に奏汰の世界を歪ませていった。
< 96 / 128 >

この作品をシェア

pagetop