君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
 松本は「さっさと行け」と追い払うように手を振る。晴菜はその気遣いに甘えるように頭を下げると、控室で私服に着替え、店の重い扉を押し開けた。
 光が沈まない街は深夜二時を回っても、遠くで救急車のサイレンと若者の笑い声が混ざり合っている。湿り気を帯びた都会の夜風が、火照った頬を撫でていく。

 ――迷いがある時の味……かぁ。

 松本の言葉を反芻し、晴菜は薄暗い歩道を歩き出す。この時間帯の銀座を、晴菜はひとりで歩くことに慣れていた。
 ギャレットで働き始めてから、徒歩で通勤できる場所にワンルームを借りた。バーカウンターに立っていれば、客から「一杯どう?」と声をかけられることは珍しくない。遅番のシフトになれば終電はとっくにない。だからといって毎回タクシーを使うわけにもいかないため、歩いて通える距離に自宅を構えるほうが合理的だったからだ。
 少なくとも――奏汰が東京に来るまでは。
 この二週間、退勤時間が近づくと、自然と意識が外に向いていた。重い扉の向こう、路肩に停められた黒い車。エンジンを切ったまま待つ人影。
 けれど今夜は、いつもの場所に車はなかった。晴菜は歩きながら一度だけ周囲を見回す。
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