異世界で未婚の母になることを選びましたが、シークレットベイビーではありません




 王都の城壁が見えたとき、私は馬上で深く息を吸い込んだ。
 次々と制圧してきた周辺領の旗が、私たちの背後に連なっている。
 抵抗した領は少なかった。
 兵力は3万に膨れ上がり、象兵も合流した。

 ──王都を落とし、王の首を。

「市街地門に向けて、大砲を撃って」

 私の号令で、砲声が空を裂いた。
 石造りの門が震え、煙が立ちのぼる。

「白旗を振っているようです!」
 斥候が、馬を駆って戻ってきた。

 私は眉をひそめる。
「王が、簡単に降参するとは思えない」

「タウンハウスにいた貴族たちでは?」
 聖騎士ミレスが、冷静に言った。

 確かに、王族同士の諍いでは損害が出ても賠償は求められない。
 ならば、強い方につくしかない。

「捕虜にしましょう。先鋒隊を出して拘束して、連れてきて」

「承知」
 伝令が駆けていく。

 私は、門の向こうを見つめた。
 この先に、すべての決着が待っている。

 しばらくして、事情聴取を終えた兵が駆けてきた。

「捕虜の情報では、王国軍は予想通り5,000です」

「そうでしょうね。
 歳入の2割を各辺境の軍費にあててたのだから、王宮で抱えられる兵数は1万ちょっとが限界。
 恐らく赤字だから、ゴム製品の利益を寄越せと言ってきたのよ」

 自分で撒いた種を、私に刈らせようとした。
 その傲慢さが、今の王国を腐らせた。

「投降した貴族たちが、協力を申し出ております」

「簡単に寝返る人を信用しても、仕方ないでしょう。
 一応、誰が何できるかリストにしといて。暇なとき見るから」

「貴族に続いて、民も投降しています」

「ここに出てこられても困るのよね。とりあえず捕縛して、避難所作って」

 次々と出てくる人々に、門を攻撃する隙がない。
 私は、ため息をついた。

「……夜営準備」

 そう言った瞬間、あくびがこぼれた。
 伝令も、つられてあくびをする。

 ──長い戦だった。
 明日には、王都の門が開くだろう。
 その先に、娘がいる。


 朝靄の中、王都の門前には人の波ができていた。
 投降者は一晩中続き、住民の2割が城外へと出てきた。
 疲れ切った顔、怯えた目、そして中には官僚の姿も混じっている。
 白旗を掲げた彼らは、もはやどちらが勝者かを悟っていた。

「逃走兵が相次ぎ、王宮兵は残り4,000。士気も低く、闘うまでもありません。
 護衛部隊と王太子が討たれたのが、効いてるようです」

 伝令の報告に、私は頷いた。
 あの夜、グロムが片手で王太子を仕留めたと聞いたとき、私は何も思えなかった。
 原作のルシーナも、殆ど会ったことのない兄が死んだところで、タカりが減ったとしか思わないだろう。

「そろそろ進軍しよう。キリがない」

 ライガが、馬の手綱を握りながら言った。

「おいが先鋒する。姫さんは、後で来ればいい」

 グロムが、いつものように頼もしく笑う。
 けれど、私は首を横に振った。

「投降者を先頭にするのよ。なるべく、偉い貴族」

「そりゃ、王も攻撃しにくいな」

 ライガが苦笑する。
 私たちのやり方は、いつも正攻法ではない。
 でも、それで勝ってきた。



 高位貴族たちが先頭に立ち、象兵に挟まれて進む列の中、私は馬車の中で静かに息を整えていた。
 窓の外には、かつての王都の華やかさが、 今は沈黙と白布に包まれていた。

「浮かない顔だな。娘のことか、父のことか」

「どちらにせよ、楽しくはないわね」

 ライガが、隣に座る私をそっと抱き寄せた。
 その腕の中にいると、少しだけ心が緩む。

「ルシーナは、本当に偉大だ。ここまで、よくきた。
 ルシーナがいなければ、グランツの名は地図から消えてただろう」

「ありがとう。でも、それはすべて終わった時に言って」

「そうか……。だが、もう1つ言いたいことがあるんだが」

 私は「何?」と、顔を上げる。

「──生まれ変わったら、結婚してくれ」

「何で、来世?」

「今世のルシーナは、結婚したくないのだろう。それに、俺に王配は勤まらない」

 私は何とも言えず、黙る。
 ライガとの間には2人も子がいるし、この先まだ増えるだろう。
 そうしたら……将来的に、彼が望んでくれるなら……。

 でも、それを言う勇気はなかった。
 言うには、引っ掛かることが多い。
 ──エリセ、カスパル、アデル、そして、娘のこと。

「愛してる。次も、子供たちと4人で家族になりたい」

 彼の唇が、私の額にそっと触れた。
 胸が、少しだけ痛んだ。
 そして、同時に喜びで満たされもした。


 王宮の前まで来ると、重々しい音を立てて門が開いた。
 城壁には、白い布が垂れ下がっている。
 風に揺れるその布が、まるで幕引きの合図のように見えた。

「終わったようだ」

 ライガが、静かに言った。

「最後まで、気を抜かないで」

 私は銃を手に取り、馬車を降りた。
 この足で、すべてを終わらせる。


 謁見の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
 冷たい石の床、高くそびえる天井、そして玉座の前に立つ男。
 父王が、私の娘の肩を抱き、刃物をその小さな喉元に当てていた。

「来るな!」

 父王の声が、空間を裂いた。
 私は一歩も動かず、ただ娘の顔を見つめた。
 紺の髪に、私と同じラベンダーの瞳──怯えた表情を浮かべていた。

「……なぜ、逃げなかったの?」

 苛立ちと恐怖を押さえて、父に訊ねた。

「逃亡生活などしたくない」

「勝手な人」

 その瞬間、地の底から突き上げるような爆発音が響いた。

 ──ドーン、バーンッ!

 城が揺れ、天井の石が崩れ落ちる。

「まさか、火薬を?!」

「心中してやる!」

「バカなことを……っ!」

「ぐっ──」

 王の体が、ぐらりと傾いた。
 首元に突き刺さったナイフが、深く沈んでいる。
 イシュカが、柱の陰から現れた。

「話は後にして、一旦逃げよう」

 グロムが、素早く娘を抱き上げる。
 その腕の中で、娘が小さく震えていた。
 私は彼女の手を握り、頷いた。

 ──もう大丈夫。もう、離さない。

 出入り口に向かって走る。
 だが、廊下の奥から、次々と兵が現れた。

「これを狙ってたのね。まるでゾンビゲームよ」

 狭い廊下には、3万の兵は入ってこられない。
 だから、わざと降参したふりをして、私たちを城の中に誘い込んだ。

「戻って、王の首を持ってきた方が早い!」

 大将の首を見れば、敵は戦意喪失する。

「大丈夫だ。持ちこたえられる、信じろ」

 ライガの声が、背中から届いた。
 私は振り返り、彼の紅目を見た。
 その瞳に、迷いはなかった。

 ──信じる。
 この人と、皆と、ここまで来た。
 なら、最後まで進むだけ。


 玄関近くまでたどり着いたとき、 突然、一際大きい爆音が響いた。

 ──ドガァンッ!

 床が跳ね、視界が白く染まる。
 私は吹き飛ばされ、背中を強く打った。
 耳鳴りの中で、かすかに聞こえた声に、心臓が凍りつく。

「シャルル!」

 私が娘につけた名前。
 アデルの“ル”と、私の“ル”を重ねた名前。
 その名を叫びながら、私は手を伸ばし、 瓦礫の中から彼女を抱きしめた。

 ──ザクッ。

 何かが、胸に突き刺さる感触。
 痛みは、すぐには来なかった。
 ただ、温かいものが服を濡らしていく。

 見下ろすと、私の胸にナイフが刺さっていた。
 その柄を握っていたのは──シャルル。

「私を家族から遠ざけた酷い母親。あんたなんか、ママじゃない!」

 彼女はナイフを引き抜き、血のついた手でライガに駆け寄った。

「パパ!」

 ライガが、彼女を抱き上げる。 そして、私に剣を向けた。

 ──何が起きてるの?

 聖騎士ミレスが、咄嗟に私の前に立ちふさがる。
 だが、彼はすでに負傷していた。
 剣が彼の肩を裂き、血が飛び散る。
 私は崩れ行く彼に、必死で手を伸ばす。

 同時に、イシュカがナイフを投げる。
 だが、ライガはそれを剣で弾いた。
 次の瞬間、グロムが咆哮を上げてライガにタックルする。
 2人の巨体が壁に激突し、石が砕ける音が響いた。

 シャルルが、衝撃で弾き飛ばされる。
 私は声を出そうとしたが、喉が震えるだけだった。

 ──声が、出ない。

 そのとき、伏兵が現れグロムの背を斬り裂いた。
 彼の巨体が、ぐらりと揺れる。

 やめて……!

 心の中で叫んだ。

 イシュカが、最後の力を振り絞って伏兵に突っ込む。
 その瞬間、爆発が起きた。
 イシュカが自爆したのだ。
 炎と破片が視界を覆い、私は咄嗟に目を閉じた。

 ──パオォォォン……!

 象の鳴き声が、外から聞こえた。
 その音を最後に、意識が闇に沈んでいった。








「殿下ああああ!」

 フレアの叫びが、近くから聞こえた。
 まぶたが重く、体は鉛のように沈んでいた。
 それでも、私はゆっくりと目を開けた。

 天井が見えた。
 白く、静かで……病院?

 起き上がろうとした瞬間、胸に鋭い痛みが走った。

「うっ……」

「安静にして。傷は浅いが、場所が良くない」

 侍医カークスの声が耳元で響く。
 私は言われるまま、再び枕に頭を預けた。

「……状況を」

「すべて、ライガが仕組んだことだった」

 その言葉に、胸の奥が冷たくなる。
 けれど、私は感情を押し殺して言った。

「被害と状況について、簡潔に。まず、ここはどこ?」

「ここは王都」

 私は、目を見開いた。
 王都に、まだいたの?

「市民は何も知らず、純粋に投降したんだ。安全だから大丈夫。敵兵は殲滅。
 ただ……王宮に隠れていた伏兵が手練れだったのと、兵を率いていたライガの手下が裏切ったため、1万以上の味方兵が死傷。現在の戦力は1.5万。
 王宮の本宮は半壊、取り壊し作業中」

「……ミレス、グロム、イシュカ」

「ミレスは重傷だが、回復の見込みあり。グロムは、辛うじて生きてるが……イシュカは即死だった」

 私は大きく息を吸い、顔をしかめた。
 胸の痛みより、心の痛みの方が深かった。

「私以外の王族は?」

「拘束されて牢に。
 王女はすでに嫁いでおらず、第2、第3王子は遠方にいて、そのまま逃走。
 ルシーナ様を刺した子も、牢にいるが……?」

 私は小さく頷いた。
 今は、まだ考えたくない。

「グランツ兵が、王都を制圧してるのね」

「そう」

「グランツ領は?」

「クレーラ国の王が暗殺され、クレーラ軍は撤退。
 ブレン国はグランツ軍に敗れ、国内で暴動が頻発している。もうすぐ現王は、倒されるだろう」

「グランツ領の被害は?」

「敵兵数がたったの5,000だったため、野戦で勝ったよ。損失は1,000程度と」

 私は静かに頷いた。
 皆、よく持ちこたえてくれた。

「もう少し回復したら……そうね、1週間後に戴冠式をやる。車イスを用意しておいて」

「無茶だ」

「私が無茶しなかったこと、今まである?」

 カークスが、深くため息をついた。
 彼の水色の髪には、白いものが混じってる。出会った時にはなかった。
 彼にも苦労をかけた。

「他に反対勢力は?」

「殿下が意識不明なのをいいことに、12の領が反目しましたが、王都に攻めてはきません」

 フレアが前のめりに答えた。

「私の目が覚めたことを、大々的に公布して。戴冠式の日もね」

「わかりました!」

 フレアが駆けていく。
 私は目を閉じ、深く息を吐いた。

 ──終わりが、近づいている。
 でも、まだ終わっていない。
 この手で、すべてを締めくくる。
 それが、私の責任。



 初夏の空は高く澄んで、王都の空気は清らかだった。
 私は白い礼装に身を包み、包帯を巻いた胸元を隠すようにマントを羽織っていた。
 王冠の重みが、頭にずしりとのしかかる。
 それでも、私は背筋を伸ばして立った。

 広場を埋め尽くす人々の視線が、私に注がれている。
 その中には、涙を流している者もいた。
 この姿を見て、何を思っているのだろう。
 私はもう、大声を出せない。
 だから、代わりに秘書官が宣誓を読み上げた。

「本日をもって、ルシーナ・アルディアは、アルディア国の女王に即位しました」

 胸の奥が熱くなる。
 私がここに立っていることが、奇跡のようだった。
 単なる忌み子だったのに。

 ゴム製品の流通再開を告げると、民たちの歓声が空を揺らした。
 その音に、私は微かに微笑んだ。



「さすがに少し疲れたわ」

「ゆっくりお休みください」

 メイドの声に頷きながら、私は静かに部屋へ戻った。
 パレードは省略。
 王冠を外し、ベッドに身を沈める。
 まだ、終わっていない。
 でも、少しだけ──眠りたい。





 秋の中央広場に、処刑台が組まれていた。
 空は高く澄み、落ち葉が風に舞っていた。

 手錠をかけられた囚人が並ぶ。
 片腕を失った27歳の青年、アデル・グランツ元辺境伯。
 眼帯をつけた31歳の男、ライガ・グランツ元辺境伯。
 血縁上の弟である第4王子と第5王子。
 反目した領主たち。
 そして、幼い娘──シャルルの姿もあった。

「ぼ、僕は本当に知らなくて……騙されていただけで、ライガに……記憶がないから……陛下がグランツ領を乗っ取ったと言われて……」

 ギロチンを前に、アデル──シャルルの父親が震える声で訴える。
 その姿に私は、ただ呆れた顔を向け、手を上げた。

「ま、待って! 最後に、種を!」

「種?」

「記憶がなくなった時に、懐に大事そうにしまってあった。"植物園"と包み紙に書かれてた」

 その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
 ──あの時。
 デートスポットがないなら作ればいいと、話したことがあった。
 植物園はまだ早いからと、まずぬいぐるみ館を作った。
 ……彼は、こっそり植物園を造ろうとしたのか。

「やっぱり……貴女と何か約束したんだね。それだけは、貴女に持っていて欲しい」

「どこにあるの?」

 使用人が、包みに入った種を持ってくる。
 私はそれを受け取り、そっと見つめた。

「6年も前の種なら、育たないかもしれないわ」

「持ってて欲しい」

「……わかった」

 アデルが、ほっとしたように笑った。
 その顔に、かつての面影が一瞬だけ戻る。

 そして──
 私は、手を振り下ろした。


 断頭台の上に、彼が立った。
 眼帯をつけたまま、何も言わず、ただ前を見ていた。
 紺の髪は風に揺れ、紅目はどこか遠くを見ていた。
 その横顔は窶れたものの、美しいまま。
 私は立ち上がり、ライガを見つめた。

「私ずっと、あなたに言ってなかったことが1つあった」

 彼が、わずかに眉を動かす。

「私も、あなたを愛してた。いえ、違う。私“は”あなたを愛してた」

 その瞬間、彼の片目が見開かれた。
 けれど、何も言わなかった。
 私は手を上げた。

 ──刃が振り下ろされ、音もなく首が落ちた。

 私は席を立ち、背を向けた。
 風が、白いマントを揺らす。

「シャルル様に、最後に何も言わなくていいのですか?」

 フレアの声が、背後から届いた。
 私は振り返らずに答えた。

「彼女は生涯幽閉にする。他は予定通り処刑に」

 シャルルが幼いが故に恩赦することは簡単だけど、その後の彼女の人生は?
 大罪人グランツ家の血を引く彼女を後継にも、まして王女にもできない。
 庶子として原作のルシーナのように後宮の隅に、生かしも殺しもしないで置いておくしかない。
 そして、いつ暗殺されるかわからない人生を……。
 それなら遠い海外にやった方がいい。
 もう会えなくなったとしても。

 ──2度しか、腕に抱けなかった。
 ごめんなさい。
 来世は、もっとマシなところに生まれて欲しい。
 私なんかのところじゃなくて。






 グランツ城の中庭に、春風が吹いていた。
 私は馬車を降りると、駆け寄ってきた小さな影に腕を広げた。

「マンマ! おかえり!」

 4歳になった息子が、笑顔で飛びついてくる。
 その後ろから、2歳の娘がよちよちと歩いてきた。
 ライガとの間に産まれた子達。

「あいやー」

「ただいま」

 2人を抱きしめながら、私は微笑んだ。

「おねえちゃんは? 一緒に帰るって言った」

 私は少しだけ目を伏せて、袋の中から小さな包みを取り出した。
 アデルが最後にくれた、あの種。

「あなた達のお姉さんは、種になってしまったの」

「たね……うえたら出てくる?」

「そうね。植えてみましょう」

 私はそっと微笑み、2人の手を取った。
 その時、メイドが駆け寄ってきた。

「お客様がお越しです。エリセ・ノルン様です」



 応接室の窓から差し込む午後の光が、紅茶の表面に淡い金色の輪を描いていた。
 私はカップを持ち上げ、口をつける。
 香りは良い。けれど、味はしなかった。

「一緒にグランツ城を出た当初は『辺境伯になっても借金ばかりで旨味なんて、たいしてないから』って言ってました」

 小説"辺境に散る花"のヒロイン、エリセ・ノルンは、相変わらず幼い顔立ちをしていた。
 オレンジ色の髪を結い上げ、 そばかすの浮かぶ頬に、微かな紅を差している。
 けれど、髪と同色の瞳には、かつての無垢な光はなかった。

「そう」

 私は短く返す。
 彼女の言葉の続きを、待った。

「でも陛下のビジネスが成功して、領が変わっていくのを見て『早まったかも』って。
 それから彼はブレン国とクレーラ国にグランツ領の情報を流し、開戦するよう促しました。まずは自分がアデル様に代わって、領主になるためです。
 シャルル様が王宮に運ばれてからは、手下を使って近づく方法を探しました」

 シャルル──
 娘の名前に、心臓がひとつ跳ねた。

「シャルル様は、陛下が冷遇姫だった頃の部屋に、乳母1人だけがいる状態で放置されていました」

「何故、爵位もない彼が、後宮のことを知ってるの?」

 ライガはグランツ家の次男というだけで、当主を継ぐまで爵位は持ってなかった。

「ライガは貴族相手に後ろ暗い商売をしてたので、王都でもよく取引していたのです」

「なるほど。──乳母を抱き込んだのね?」

 彼女が頷く。

「シャルル様に近付いたのは、陛下の弱味を握るためでしたが……最終的には女王にして、自分が摂政につくつもりだと言ってました」

 私はカップを置き、指先で縁をなぞった。
 自分に王配は務まらない、などと言っておきながら、とんでもない野心家だった。
 ──ある意味、彼らしい。
 スペックは高いが衝動的で、不遜な性格。
 それでも、エリセが彼の名前を口にするたび不快感が募った。
 平静を装って、話の続きを促す。

「アデルは一体、どこから彼に合流したの?」

「ジーク様は1度、アデル様の奪還に成功しました。囚人に連れ去られた時です。
 アデル様を抱えた兵が帰城しようとしていたところを、ライガの仲間が襲撃しました。
 そして数日後、意識を取り戻したアデル様は、記憶を失っていました」

「それで、ライガが囁いたのね? 私がグランツ領を乗っ取ったから、取り返さないとって」

 彼女は、また頷いた。
 私は深く息を吐いた。

「それで……あなたは今日、何をしに来たの? まさか、自分の知ってることを告白しに来たの?」

「ライガの遺した男の子がいます。私が産みました。その子を、次の辺境伯にすべきです」

「はい?」

「だってライガは、やり方は間違えたけど、主張は正しいじゃないですか。
 この土地は、何代も何百年にも渡ってグランツ家が守ってきたのに、なぜ関係ない人間が統治を?」

「"地上の地獄"と呼ばれてたのよ、ここ。それは“守った”うちに入らないわ。外敵を蹴散らす代わりに、営利を得てただけよ」

「でも!」

「残念だわ。私はあなたに、良い印象を持ってたの。
 アデルたちだって、あなたの名前を出さなかった。せっかく庇ったのに。わざわざ、しゃしゃり出てくるなんて……。
 ライガの罪は、国家転覆罪と王族殺害未遂なの。計画を知ってて密告しなかった、あなたも罪に問われるのよ」

 エリセの顔が、みるみる青ざめていく。
 私は立ち上がり、最後に言葉を投げた。

「ライガに昔からついてる使用人の報告では、最初こそ彼はあなたに夢中だったけど、すぐに飽きたそうじゃない。
 彼曰く──『純粋で清らかなものを汚してみたくなったが、抱いたら他の女と同じだった』そうよ。あなたの産んだ子は、誰の子?」

 エリセは唇を噛み締め、声もなく涙を流した。
 私は何も言わず、背を向けて部屋を出た。
 紅茶の香りだけが、まだそこに残っていた。


 春の庭に、子供たちの笑い声が響いていた。
 花壇のチューリップが揺れ、芝の上を駆ける小さな足音が軽やかに跳ねる。
 私はバルコニーからその様子を見下ろし、ふと微笑んだ。

「あら、ウォーリア辺境伯」

「陛下」

 ヴァルクがこちらに気づき、軽く頭を下げた。
 黒い外套の裾が風に揺れ、金の瞳が陽を受けてきらめいている。
 前髪が目にかかっているのは相変わらずで、けれどその下の表情は、以前よりずっと柔らかかった。

「子供たちと遊んでくれてたの?」

「俺が育てたようなものだ」

 彼は胸を張って言った。
 私が居ない間、彼はずっと領地を守ってくれた。
 剣を振るう手で、子供たちを抱き上げ、笑わせてくれた。
 だから、彼を辺境伯に任命した。

「子育てが得意なのね。
 ……私はこれから、次代の王と辺境伯を産まなきゃいけないの。そういう役目だから。
 協力してもらえないかしら?」

 彼は4歳年上。
 29歳なら、充分に“その役目”を果たせる。
 私は彼の反応を待った。

「俺は、あなたを愛してしまうが。いいか?」

 その言葉に、私は少しだけ目を見開く。
 そんなふうに思ってくれてるなんて、知らなかった。
 いや、ただ誠実なだけだろうか?
 日本でも此処でも働きすぎて、その手の感情に私は疎いままだ。

「それに関しては……これから、ゆっくり相談しましょう」

 風が吹いた。
 庭の花が揺れ、子供たちの笑い声がまた響いた。
 私はその音を聞きながら、微かに微笑んだ。

 ──ようやく、嵐が静まった。
 これからは、未来を創っていく時間だ。








□完結□





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