社畜女の愛され白書〜三十路の社畜OLは出会った翌日に八才年下男子と結婚しました〜
医師と看護師が去った後、ベッドの中で放心状態だった。

勇凛くんは俯いている。

「すみません、俺、全然七海さんのこと知らなくて……そんなに仕事頑張ってたんですね」

そりゃそうだ。
だってこの子と出会ったのは二日前。

初対面に等しい。

私も勇凛くんのことをほとんど知らない。

「俺、もっと七海さんのこと知りたいです」

勇凛くんの真っ直ぐな眼差し。

この子は私に単に興味があるとかじゃなくて、本気で私と向き合おうとしているのか。

ぐっと胸に何かが込み上げてきた。

「心配してくれてありがとう。これから気をつけるから」

エナドリやめよう……。

「俺、夫として、ちゃんと支えます」

夫……。

「あ!!」

勇凛くんは驚いて跳ねた。

「どうしたんですか?」

「あ……役所に電話しなくちゃ」

「何でですか?」

「今ならまだ間に合うかも!」

私は点滴をつけたまま、電話スペースまで移動した。

勇凛くんもついてきてる。

私は市役所に電話をかけた。

数回の呼び出し音の後、低い声の警備員が出る。

「こちら守衛室ですが、何かご用ですか?」

「昨夜、婚姻届を提出した者です! まだ受理されてないですよね? 取り下げたいんです!」

警備員は淡々と答える。

「こちらは届書を受け取るだけですので、改めて月曜に連絡してください。土曜は担当者がおりませんので」

そんな……。

どうしよう、酔った勢いでなんて事を。

「後悔してますか……?」

勇凛くんの声が低く落ちる。

「うん。だって、ちゃんと気持ちを確かめ合ったわけじゃない。酔った勢いだし」

涙が出そうになった。

「俺は後悔してません」

一貫して、勇凛くんは、この状況を冷静に捉えている。

そして、私への気持ちも多分本物だ。

勇凛くんは、恐る恐る私に手を伸ばした。

気がついたら、勇凛くんの腕の中にいた。

「俺が七海さんを助けます」

二十二歳の大学生の男の子。

よく知らないまま結婚してしまった。

──でも

なんでこの手を振り払えないんだろう。
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