ガラスの告白
 思わず言葉なく、ゆっくり顔を下にむけてしまいました。
 渡辺からは、悲しむ声が聞こえます。

「あの時はごめんっ」

「何も、そんなつもりじゃ」

 時男は頭を下げる渡辺の腕に手を当て、「やめてよ秀ちゃん。違うから」と、慌てて顔を上げさせます。
 建築資材の仕事柄、常日頃重い資材を扱う業務に、時男の手や腕は逞しくなっていました。

 そのせいか、時男の掴んだ渡辺の腕は、前よりも華奢(キャシャ)に思えます。
 渡辺は顔を伏せたまま、言いにくそうに口紅の塗られた唇を震わせました。

「子供の頃から自分の気持ちに嘘をついていたけど、あの時、とっ君を見て……私」

 ガラスの様な告白を、渡辺も持っていたのかと見つめます。
 きっと渡辺は廊下で見せた以前から、時男の事情を知っていて、自身の気持ちに苦悩したのだろうと考えていました。

 当時バスの中での要の言葉や、渡辺の仕草や態度を思い出していました。みんな悩みを抱え生活していたのかと思うと、卒業時に少女が時男に送ってくれた言葉。

 誰でも少なからず、人には言いにくい悩みを抱えている。あの時の言葉を思い出していました。
 彼の気持ちには答えられないが、せめてこの痛みだけでも、大事に受け止めてあげたいと思います。

 時男は渡辺の背中に手を当て、感謝を述べます。
< 121 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop