社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした
一ノ瀬は、
何事もなかったかのように席に着いた。
背筋を伸ばし、
椅子に深く腰掛ける動作に、無駄がない。
その瞬間だった。
「失礼いたします」
ホールの奥から、白衣姿の男が現れた。
この店の総料理長――シェフ本人だった。
友梨の目が、思わず見開かれる。
「本日は、お嬢様のお誕生日とのこと。
心より、おめでとうございます」
深々と頭を下げる。
「ささやかではございますが、
本日は私から、特別なシャンパーニュを」
合図とともに、ソムリエが一歩前に出た。
銀色に輝くバケツから取り出されたのは、
見慣れない、
しかし異様な存在感を放つ一本。
「……クロ・ダンボネ?」
勝が、息を呑む。
(あれは……)
一本、数百万円。
一杯でも、数十万円は下らない。
友梨の喉が、無意識に鳴った。
ソムリエは、
極めて慎重な所作でコルクを抜く。
音はほとんど立たず、
細かな泡が、静かに立ち上る。
グラスに注がれる金色の液体。
上条直樹も、
思わず目を逸らせなくなっていた。
(……なぜ、これが)
だが彼は、すぐに表情を取り繕う。
「さすが一流レストランですね。
誕生日のサービスも、桁が違う」
軽く笑い、余裕を装った。
その横で。
一ノ瀬は、すでにグラスを手にしていた。
「お誕生日、おめでとうございます」
そう言って、最初に口をつける。
一口。
ゆっくりと、味を確かめるように。
「……美味い」
穏やかな声だった。
「……本当に美味しいですね」
その一言に、
シェフとソムリエが同時に、深く頭を下げる。
(……え?)
友梨の胸に、また違和感が走る。
(今の……何?)
勝は、グラスを持ったまま動けずにいた。
(この男……
なぜ、当然のように先に飲む?)
一ノ瀬は、
そんな視線に気づいた様子もなく、
にこりと微笑む。
「本当に美味しいですよ。
せっかくですから、皆さんもどうぞ」
軽くグラスを掲げる。
その仕草が、
まるで“主催者”のようで。
友梨は、はっきりと感じていた。
(……何か、違う)
清掃員。
そう呼ぶには、あまりにも。
この人は――
この場所に、馴染みすぎている。
何事もなかったかのように席に着いた。
背筋を伸ばし、
椅子に深く腰掛ける動作に、無駄がない。
その瞬間だった。
「失礼いたします」
ホールの奥から、白衣姿の男が現れた。
この店の総料理長――シェフ本人だった。
友梨の目が、思わず見開かれる。
「本日は、お嬢様のお誕生日とのこと。
心より、おめでとうございます」
深々と頭を下げる。
「ささやかではございますが、
本日は私から、特別なシャンパーニュを」
合図とともに、ソムリエが一歩前に出た。
銀色に輝くバケツから取り出されたのは、
見慣れない、
しかし異様な存在感を放つ一本。
「……クロ・ダンボネ?」
勝が、息を呑む。
(あれは……)
一本、数百万円。
一杯でも、数十万円は下らない。
友梨の喉が、無意識に鳴った。
ソムリエは、
極めて慎重な所作でコルクを抜く。
音はほとんど立たず、
細かな泡が、静かに立ち上る。
グラスに注がれる金色の液体。
上条直樹も、
思わず目を逸らせなくなっていた。
(……なぜ、これが)
だが彼は、すぐに表情を取り繕う。
「さすが一流レストランですね。
誕生日のサービスも、桁が違う」
軽く笑い、余裕を装った。
その横で。
一ノ瀬は、すでにグラスを手にしていた。
「お誕生日、おめでとうございます」
そう言って、最初に口をつける。
一口。
ゆっくりと、味を確かめるように。
「……美味い」
穏やかな声だった。
「……本当に美味しいですね」
その一言に、
シェフとソムリエが同時に、深く頭を下げる。
(……え?)
友梨の胸に、また違和感が走る。
(今の……何?)
勝は、グラスを持ったまま動けずにいた。
(この男……
なぜ、当然のように先に飲む?)
一ノ瀬は、
そんな視線に気づいた様子もなく、
にこりと微笑む。
「本当に美味しいですよ。
せっかくですから、皆さんもどうぞ」
軽くグラスを掲げる。
その仕草が、
まるで“主催者”のようで。
友梨は、はっきりと感じていた。
(……何か、違う)
清掃員。
そう呼ぶには、あまりにも。
この人は――
この場所に、馴染みすぎている。