社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした
勝は、グラスを置きながら
内心で鼻を鳴らしていた。
(ここはフランス料理、それも鴨料理の
一流店だ。
あんな男、すぐに化けの皮が剥がれる)
庶民に、
この店の作法がわかるはずがない。
テーブルには、
美しく磨かれたカトラリーが何本も並び、
皿も、グラスも、すべてが一流だった。
直樹も、内心では相当緊張している。
(ここで失敗はできない)
そう自分に言い聞かせながら、
背筋を正す。
やがて、前菜が運ばれてきた。
一瞬の間。
どのフォークを取るか――
それだけで、場の緊張が高まる。
友梨は、無意識に
一ノ瀬の手元を見ていた。
一ノ瀬は、
迷う様子もなく、
すっと一本を選ぶ。
そして、何でもない顔で口に運んだ。
「……うん。美味しいな」
その言い方が、あまりにも自然で。
(……失礼なやつだ)
勝は内心で舌打ちする。
だが。
その所作は、
雑に見えるほど力が抜けているのに、
不思議と、何一つ間違っていない。
ナイフの角度。
フォークの運び。
口元の仕草。
どれも、正確だった。
(……あれ?)
友梨の胸に、
また小さな違和感が走る。
(今の……合ってる)
メインディッシュが運ばれてきても、
状況は変わらなかった。
一ノ瀬は相変わらず、
気負いも、緊張もなく、
けれど、すべてを“正しく”
こなしている。
雑。
なのに、品がある。
(……この人、何者?)
友梨は、はっきりそう思った。
やがてコーヒーが運ばれ、
勝と直樹は、仕事の話を始める。
最近の業績。
海外展開。
数字と肩書き。
二人は競うように語るが、
一ノ瀬は、特に興味を示さない。
ただ、コーヒーを一口飲みながら、
ぼそりと言った。
「……モデルのエリカさん。
最近、変な噂、出てますよね」
その瞬間。
「なに?」
勝の声が、ぴんと張り詰める。
「君は、何を言ってる」
一ノ瀬は肩をすくめる。
「さあ。
あんな場所にいつもいると、
変な噂が自然と耳に入るだけです」
それ以上は、何も言わない。
それが、
かえって勝の神経を逆撫でした。
(やはり、無礼な男だ)
食事が終わり、
一ノ瀬は、静かに席を立った。
「今日は、ごちそうさまでした」
軽く一礼し、
そのまま踵を返す。
残された席には、
憤慨した勝と、
苛立ちを隠せない直樹。
そして。
ひとりだけ、
その背中を目で追う友梨がいた。
(……化けの皮が剥がれる、
はずだったのに)
むしろ――
ますます、わからなくなった。
彼は、一体、何者なのか。
その問いだけが、
友梨の胸に、静かに残っていた。
内心で鼻を鳴らしていた。
(ここはフランス料理、それも鴨料理の
一流店だ。
あんな男、すぐに化けの皮が剥がれる)
庶民に、
この店の作法がわかるはずがない。
テーブルには、
美しく磨かれたカトラリーが何本も並び、
皿も、グラスも、すべてが一流だった。
直樹も、内心では相当緊張している。
(ここで失敗はできない)
そう自分に言い聞かせながら、
背筋を正す。
やがて、前菜が運ばれてきた。
一瞬の間。
どのフォークを取るか――
それだけで、場の緊張が高まる。
友梨は、無意識に
一ノ瀬の手元を見ていた。
一ノ瀬は、
迷う様子もなく、
すっと一本を選ぶ。
そして、何でもない顔で口に運んだ。
「……うん。美味しいな」
その言い方が、あまりにも自然で。
(……失礼なやつだ)
勝は内心で舌打ちする。
だが。
その所作は、
雑に見えるほど力が抜けているのに、
不思議と、何一つ間違っていない。
ナイフの角度。
フォークの運び。
口元の仕草。
どれも、正確だった。
(……あれ?)
友梨の胸に、
また小さな違和感が走る。
(今の……合ってる)
メインディッシュが運ばれてきても、
状況は変わらなかった。
一ノ瀬は相変わらず、
気負いも、緊張もなく、
けれど、すべてを“正しく”
こなしている。
雑。
なのに、品がある。
(……この人、何者?)
友梨は、はっきりそう思った。
やがてコーヒーが運ばれ、
勝と直樹は、仕事の話を始める。
最近の業績。
海外展開。
数字と肩書き。
二人は競うように語るが、
一ノ瀬は、特に興味を示さない。
ただ、コーヒーを一口飲みながら、
ぼそりと言った。
「……モデルのエリカさん。
最近、変な噂、出てますよね」
その瞬間。
「なに?」
勝の声が、ぴんと張り詰める。
「君は、何を言ってる」
一ノ瀬は肩をすくめる。
「さあ。
あんな場所にいつもいると、
変な噂が自然と耳に入るだけです」
それ以上は、何も言わない。
それが、
かえって勝の神経を逆撫でした。
(やはり、無礼な男だ)
食事が終わり、
一ノ瀬は、静かに席を立った。
「今日は、ごちそうさまでした」
軽く一礼し、
そのまま踵を返す。
残された席には、
憤慨した勝と、
苛立ちを隠せない直樹。
そして。
ひとりだけ、
その背中を目で追う友梨がいた。
(……化けの皮が剥がれる、
はずだったのに)
むしろ――
ますます、わからなくなった。
彼は、一体、何者なのか。
その問いだけが、
友梨の胸に、静かに残っていた。