社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした
7.突然の結婚?
澪に頼んだのは、その日のうちだった。
「一ノ瀬さんに……連絡、取れますか」
自分でも、
声が少し震えているのがわかった。
澪は一瞬だけ考え込んでから、
短く頷いた。
「……わかりました。
少しお時間ください」
その直後、父からの連絡が入った。
――今週末までに、結論を出せ。
上条直樹と、正式に婚約発表する。
逃げ場のない言葉だった。
だから、待っている今も、
胸の奥がずっと落ち着かなかった。
待ち合わせは、都内の一流ホテルのカフェ。
高い天井。
静かなピアノの音。
磨き込まれた床に、柔らかい照明。
場違いなくらい整った空間で、
友梨は一人、
カップに触れたまま座っていた。
(ほんとうに来てくれるのかな……)
そう思った瞬間だった。
カフェの入り口付近が、
ふっと、ざわめいた。
視線が自然と、そちらに集まる。
――そして、友梨は息を止めた。
現れたのは、
昨日までの“清掃員の一ノ瀬”とは、
まるで別人の姿だった。
身体にぴたりと合った、上質なスーツ。
無駄のない所作。
背筋の伸びた立ち姿。
通り過ぎるホテルマンたちが、
次々と、深く頭を下げていく。
「……」
声が、出なかった。
(なに……この光景)
ただ、立っているだけなのに、
場の空気が、静かに変わっていく。
そこへ、
支配人らしき人物が小走りで近づき、
丁寧に頭を下げた。
「一ノ瀬さま。
お連れさまは、
こちらでお待ちです」
その言葉が、
友梨の胸に、はっきりと落ちた。
(……一ノ瀬さま?)
一ノ瀬は、軽く頷くだけだった。
そして、
案内されるまま、カフェの奥へと進む。
――友梨の前に、立つ。
視線が、合った。
それだけで、
昨夜のことも、
朝の不在も、
すべてが一気に押し寄せてくる。
でも、言葉は出てこない。
一ノ瀬も、何も言わない。
ただ、ほんの一瞬だけ、
困ったように、そして優しく、
目を細めた。
沈黙が流れる。
長いようで、
ほんの数秒だったはずなのに、
友梨には、とても長く感じられた。
(……何者なの、この人)
聞きたいのに、
怖くて聞けない。
でも同時に、
目を逸らしたくない。
そんな想いが絡まり合ったまま、
二人は、ただ見つめ合っていた。
やがて、
一ノ瀬が、静かに口を開く。
「……待たせてしまって、
すみません」
その声は、
いつもの、あの穏やかな声だった。
それが余計に、
友梨の混乱を深くしていた。
「一ノ瀬さんに……連絡、取れますか」
自分でも、
声が少し震えているのがわかった。
澪は一瞬だけ考え込んでから、
短く頷いた。
「……わかりました。
少しお時間ください」
その直後、父からの連絡が入った。
――今週末までに、結論を出せ。
上条直樹と、正式に婚約発表する。
逃げ場のない言葉だった。
だから、待っている今も、
胸の奥がずっと落ち着かなかった。
待ち合わせは、都内の一流ホテルのカフェ。
高い天井。
静かなピアノの音。
磨き込まれた床に、柔らかい照明。
場違いなくらい整った空間で、
友梨は一人、
カップに触れたまま座っていた。
(ほんとうに来てくれるのかな……)
そう思った瞬間だった。
カフェの入り口付近が、
ふっと、ざわめいた。
視線が自然と、そちらに集まる。
――そして、友梨は息を止めた。
現れたのは、
昨日までの“清掃員の一ノ瀬”とは、
まるで別人の姿だった。
身体にぴたりと合った、上質なスーツ。
無駄のない所作。
背筋の伸びた立ち姿。
通り過ぎるホテルマンたちが、
次々と、深く頭を下げていく。
「……」
声が、出なかった。
(なに……この光景)
ただ、立っているだけなのに、
場の空気が、静かに変わっていく。
そこへ、
支配人らしき人物が小走りで近づき、
丁寧に頭を下げた。
「一ノ瀬さま。
お連れさまは、
こちらでお待ちです」
その言葉が、
友梨の胸に、はっきりと落ちた。
(……一ノ瀬さま?)
一ノ瀬は、軽く頷くだけだった。
そして、
案内されるまま、カフェの奥へと進む。
――友梨の前に、立つ。
視線が、合った。
それだけで、
昨夜のことも、
朝の不在も、
すべてが一気に押し寄せてくる。
でも、言葉は出てこない。
一ノ瀬も、何も言わない。
ただ、ほんの一瞬だけ、
困ったように、そして優しく、
目を細めた。
沈黙が流れる。
長いようで、
ほんの数秒だったはずなのに、
友梨には、とても長く感じられた。
(……何者なの、この人)
聞きたいのに、
怖くて聞けない。
でも同時に、
目を逸らしたくない。
そんな想いが絡まり合ったまま、
二人は、ただ見つめ合っていた。
やがて、
一ノ瀬が、静かに口を開く。
「……待たせてしまって、
すみません」
その声は、
いつもの、あの穏やかな声だった。
それが余計に、
友梨の混乱を深くしていた。