社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした
会社に戻ってきても、
友梨はまだ現実感がなかった。
デスクに座っているのに、
目の前のモニターが、どこか遠い。
「……友梨さん?」
横から、澪がそっと声をかける。
「大丈夫ですか?
顔色、ちょっと……」
「え? あ、うん……大丈夫」
そう答えたつもりだったけれど、
自分の声が、少し上ずっているのがわかった。
そのとき。
「……え?」
澪の視線が、
友梨の左手でぴたりと止まる。
次の瞬間、
澪は一歩、ぐっと距離を詰めてきた。
「ちょ、ちょっと失礼します」
半ば掴むように手を取られ、
指先を凝視される。
「……これ!」
一拍置いて、
澪の声がひっくり返った。
「ハリー・ウィンストン
じゃないですか!!」
オフィスに響きそうな声を、
慌てて口元で押さえる。
「しかも……
この石、このセッティング……」
目を見開いたまま、
澪は小さく息を吸った。
「……一千万円どころじゃないです。
これ、レア品ですよ」
「……え、そうなの?」
完全に他人事の友梨に、
澪は信じられないという顔を向ける。
「そうなの?
じゃありません!」
一拍置いて、
ゆっくり、確認するように訊いた。
「……どうしたんですか。
その指輪」
友梨は、
しばらく黙っていた。
自分の中でも、
まだ整理がついていない。
それでも――
事実は、ひとつしかなかった。
「……結婚、しました」
「……はー?」
澪の思考が、完全に停止する。
「え、えっ?」
聞き返されて、
友梨は小さく頷いた。
「さっき……」
澪は、
一歩下がってから、また前に出た。
「……さっき?」
「区役所で」
数秒の沈黙。
次の瞬間。
「ちょっと待ってください!」
澪は、声を抑えきれなかった。
「結婚!?
今!?
今日!?」
「……うん」
「相手は!?」
ほとんど叫びに近い。
友梨は、
ぼんやりと天井を見上げてから、答えた。
「……一ノ瀬 海」
一瞬。
本当に、
世界が止まったような顔をした澪が――
「……あの、清掃員の?」
震える声で言った。
「うん」
次の瞬間。
「はああああああ!?」
今度こそ、
全力で叫びかけて、
慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
「ちょ、
ちょっと待ってください……」
椅子に手をつき、
深呼吸。
「え、
ええと……」
友梨を見る。
指輪を見る。
もう一度、友梨を見る。
「……友梨さん」
真剣な顔で、
ゆっくり言った。
「それ、絶対に
“普通の人”じゃないです」
友梨は、
苦笑いのような、
ため息のようなものを漏らした。
「……だよね」
そう答えながらも、
胸の奥では、
まだ信じきれていない自分がいた。
(私、
本当に何をしちゃったんだろう)
でも――
指に残る重みだけは、
はっきりと現実だった。
友梨はまだ現実感がなかった。
デスクに座っているのに、
目の前のモニターが、どこか遠い。
「……友梨さん?」
横から、澪がそっと声をかける。
「大丈夫ですか?
顔色、ちょっと……」
「え? あ、うん……大丈夫」
そう答えたつもりだったけれど、
自分の声が、少し上ずっているのがわかった。
そのとき。
「……え?」
澪の視線が、
友梨の左手でぴたりと止まる。
次の瞬間、
澪は一歩、ぐっと距離を詰めてきた。
「ちょ、ちょっと失礼します」
半ば掴むように手を取られ、
指先を凝視される。
「……これ!」
一拍置いて、
澪の声がひっくり返った。
「ハリー・ウィンストン
じゃないですか!!」
オフィスに響きそうな声を、
慌てて口元で押さえる。
「しかも……
この石、このセッティング……」
目を見開いたまま、
澪は小さく息を吸った。
「……一千万円どころじゃないです。
これ、レア品ですよ」
「……え、そうなの?」
完全に他人事の友梨に、
澪は信じられないという顔を向ける。
「そうなの?
じゃありません!」
一拍置いて、
ゆっくり、確認するように訊いた。
「……どうしたんですか。
その指輪」
友梨は、
しばらく黙っていた。
自分の中でも、
まだ整理がついていない。
それでも――
事実は、ひとつしかなかった。
「……結婚、しました」
「……はー?」
澪の思考が、完全に停止する。
「え、えっ?」
聞き返されて、
友梨は小さく頷いた。
「さっき……」
澪は、
一歩下がってから、また前に出た。
「……さっき?」
「区役所で」
数秒の沈黙。
次の瞬間。
「ちょっと待ってください!」
澪は、声を抑えきれなかった。
「結婚!?
今!?
今日!?」
「……うん」
「相手は!?」
ほとんど叫びに近い。
友梨は、
ぼんやりと天井を見上げてから、答えた。
「……一ノ瀬 海」
一瞬。
本当に、
世界が止まったような顔をした澪が――
「……あの、清掃員の?」
震える声で言った。
「うん」
次の瞬間。
「はああああああ!?」
今度こそ、
全力で叫びかけて、
慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
「ちょ、
ちょっと待ってください……」
椅子に手をつき、
深呼吸。
「え、
ええと……」
友梨を見る。
指輪を見る。
もう一度、友梨を見る。
「……友梨さん」
真剣な顔で、
ゆっくり言った。
「それ、絶対に
“普通の人”じゃないです」
友梨は、
苦笑いのような、
ため息のようなものを漏らした。
「……だよね」
そう答えながらも、
胸の奥では、
まだ信じきれていない自分がいた。
(私、
本当に何をしちゃったんだろう)
でも――
指に残る重みだけは、
はっきりと現実だった。