社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした
9.守ると決めた日
銀座の夜は、いつも通り眩しかった。
間接照明に照らされた個室。
グラスの中で、氷が小さく音を立てる。
「……直樹さん?」
隣に座るキャバ嬢が、首を傾げる。
「さっきから、
ずいぶん険しい顔してますよ?」
直樹は答えず、ウイスキーを一口あおった。
喉を焼くような感覚。
それでも、胸の奥の苛立ちは消えない。
「……ちょっとな」
低く呟くだけだった。
その向かいで、
スーツ姿の男が、余裕の笑みを浮かべる。
国会議員の斎藤だった。
「大丈夫ですよ」
グラスを軽く掲げながら、穏やかな声で言う。
「そんなに心配なさらなくても」
直樹が、ちらりと視線を向ける。
「三条の会社」
斎藤は、さも雑談の続きのように続けた。
「――少し、仕掛けてありますから」
キャバ嬢は、意味がわからないまま
笑顔を作っている。
けれど、直樹はその言葉の意味を、
正確に理解していた。
「繊維工場の安全管理」
斎藤は、指先でテーブルを軽く叩く。
「最近は、世間も厳しいですからね。
労基だ、環境だ、と」
唇の端が、わずかに歪む。
「ちょっと騒ぎになれば、
あちらから泣きついてきますよ。
“誤解です”“改善します”ってね」
直樹は、ようやく口元を緩めた。
それは、笑顔というより――
獲物を見つけた顔だった。
「……さすがですね、先生」
グラスを持ち上げる。
「いつもお世話になってます」
斎藤も、同じようにグラスを合わせる。
「こちらこそ。
次の選挙も、よろしくお願いしますよ」
「もちろんです」
直樹は、即答した。
「先生は、もう“当確”でしょう」
ははは、と。
二人の笑い声が、個室の中に溶ける。
その会話の裏で――
すでに、
三条の繊維工場の
“安全管理の不備”を指摘する匿名の告発は、
関係機関に静かに回り始めていた。
誰にも知られないまま。
だが確実に、
三条家の足元を崩すための、
最初の一手として。
間接照明に照らされた個室。
グラスの中で、氷が小さく音を立てる。
「……直樹さん?」
隣に座るキャバ嬢が、首を傾げる。
「さっきから、
ずいぶん険しい顔してますよ?」
直樹は答えず、ウイスキーを一口あおった。
喉を焼くような感覚。
それでも、胸の奥の苛立ちは消えない。
「……ちょっとな」
低く呟くだけだった。
その向かいで、
スーツ姿の男が、余裕の笑みを浮かべる。
国会議員の斎藤だった。
「大丈夫ですよ」
グラスを軽く掲げながら、穏やかな声で言う。
「そんなに心配なさらなくても」
直樹が、ちらりと視線を向ける。
「三条の会社」
斎藤は、さも雑談の続きのように続けた。
「――少し、仕掛けてありますから」
キャバ嬢は、意味がわからないまま
笑顔を作っている。
けれど、直樹はその言葉の意味を、
正確に理解していた。
「繊維工場の安全管理」
斎藤は、指先でテーブルを軽く叩く。
「最近は、世間も厳しいですからね。
労基だ、環境だ、と」
唇の端が、わずかに歪む。
「ちょっと騒ぎになれば、
あちらから泣きついてきますよ。
“誤解です”“改善します”ってね」
直樹は、ようやく口元を緩めた。
それは、笑顔というより――
獲物を見つけた顔だった。
「……さすがですね、先生」
グラスを持ち上げる。
「いつもお世話になってます」
斎藤も、同じようにグラスを合わせる。
「こちらこそ。
次の選挙も、よろしくお願いしますよ」
「もちろんです」
直樹は、即答した。
「先生は、もう“当確”でしょう」
ははは、と。
二人の笑い声が、個室の中に溶ける。
その会話の裏で――
すでに、
三条の繊維工場の
“安全管理の不備”を指摘する匿名の告発は、
関係機関に静かに回り始めていた。
誰にも知られないまま。
だが確実に、
三条家の足元を崩すための、
最初の一手として。