社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした
10.明らかになる真実
〇〇警察署
裏口の門が、
重たい音を立てて開いた。
友梨は、
その前で、じっと立っていた。
時計を見る余裕もなかった。
一日。
たった一日。
それなのに、
胸の奥が、
何日も締めつけられていた気がする。
やがて、
職員に促されて、
ひとりの男が姿を現した。
「……お父さん」
三条 勝だった。
背中が、少し丸まっている。
スーツは着ているのに、
どこか、身体に合っていないように
見えた。
「友梨……」
声が、かすれていた。
友梨は、
考えるより先に、駆け寄っていた。
「よかった……」
「本当に、よかった……」
腕を掴むと、
そこに力はほとんどなかった。
「……心配、かけたな」
それだけ言って、
勝は、小さく息を吐いた。
車に乗り込むと、
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
街は、いつも通りだった。
人も、車も、
何事もなかったように動いている。
(……私たちだけが、
止まっていたみたい)
友梨は、
そっと父の横顔を見た。
目の下に、濃い影。
口元の緊張が、まだ抜けていない。
「……大丈夫?」
小さく、そう聞く。
勝は、
少しだけ間を置いてから答えた。
「正直に言うと」
「……何が起きたのか、
今でも、よくわからん」
「そんなに……?」
「ああ」
苦く笑う。
「調べられたが、
勾留する意味は、最初からなかった」
「書類も、管理体制も、問題なしだと」
それなのに。
「……身柄を取る必要が、
どこにあったのか」
その言葉が、
重く、車内に落ちた。
友梨は、
唇を噛んだ。
(やっぱり……)
「友梨」
父が、ふいに言った。
「……ありがとうな」
「え?」
「今回の件」
視線を前に向けたまま。
「……お前の、
“夫”が動いてくれたんだろう」
その言い方に、
まだ距離がある。
でも、
拒絶ではなかった。
「……うん」
小さく、答える。
「……助かった」
それだけ言って、
勝は目を閉じた。
——めっきり、疲れ切っていた。
同じ頃。
一ノ瀬の社長室では、
静かな報告が行われていた。
向かいに座るのは、
今回動いた弁護士だった。
国内でも名の知れた、
切れ者。
「……結果として」
弁護士は、
淡々と切り出す。
「三条社長の釈放は、
当然です」
「当然?」
「ええ」
資料を一枚、差し出す。
「勾留理由が、
最初から成立していません」
「証拠は薄い」
「手続きも、拙速」
「告発内容も、
具体性に欠ける」
一ノ瀬は、
黙って聞いていた。
「正直に言うと」
弁護士は、
声を少し落とす。
「……かなり、素性が悪い案件です」
「素性が悪い?」
「はい」
はっきりと頷く。
「“事件にしたい”意図が先にあって、
事実が、後からくっついてきた」
一ノ瀬の目が、わずかに細くなる。
「つまり」
弁護士は、
言葉を選ばず続けた。
「必ず、裏があります」
「誰かが、
三条家を狙って、
揺さぶりをかけている」
「しかも」
一拍置く。
「手口が、あまりにも雑です」
「……だから、早く引いた?」
「ええ」
即答だった。
「長く触ると、
こちらまで巻き込まれかねない」
一ノ瀬は、
小さく息を吐く。
(やはり、
始まっている)
「引き続き」
一ノ瀬は、
静かに言った。
「裏を洗ってください」
「承知しました」
弁護士が席を立つ。
扉が閉まったあと、
一ノ瀬は、
デスクに置いたスマートフォンを
見つめた。
——父は、釈放された。
——だが、終わっていない。
「……次は、
もっと露骨に来る」
それを、
彼は確信していた。
そして同時に、
友梨の顔が浮かぶ。
(もう、
後ろには立たせない)
この事件は、
まだ、
本当の姿を見せていなかった。
裏口の門が、
重たい音を立てて開いた。
友梨は、
その前で、じっと立っていた。
時計を見る余裕もなかった。
一日。
たった一日。
それなのに、
胸の奥が、
何日も締めつけられていた気がする。
やがて、
職員に促されて、
ひとりの男が姿を現した。
「……お父さん」
三条 勝だった。
背中が、少し丸まっている。
スーツは着ているのに、
どこか、身体に合っていないように
見えた。
「友梨……」
声が、かすれていた。
友梨は、
考えるより先に、駆け寄っていた。
「よかった……」
「本当に、よかった……」
腕を掴むと、
そこに力はほとんどなかった。
「……心配、かけたな」
それだけ言って、
勝は、小さく息を吐いた。
車に乗り込むと、
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
街は、いつも通りだった。
人も、車も、
何事もなかったように動いている。
(……私たちだけが、
止まっていたみたい)
友梨は、
そっと父の横顔を見た。
目の下に、濃い影。
口元の緊張が、まだ抜けていない。
「……大丈夫?」
小さく、そう聞く。
勝は、
少しだけ間を置いてから答えた。
「正直に言うと」
「……何が起きたのか、
今でも、よくわからん」
「そんなに……?」
「ああ」
苦く笑う。
「調べられたが、
勾留する意味は、最初からなかった」
「書類も、管理体制も、問題なしだと」
それなのに。
「……身柄を取る必要が、
どこにあったのか」
その言葉が、
重く、車内に落ちた。
友梨は、
唇を噛んだ。
(やっぱり……)
「友梨」
父が、ふいに言った。
「……ありがとうな」
「え?」
「今回の件」
視線を前に向けたまま。
「……お前の、
“夫”が動いてくれたんだろう」
その言い方に、
まだ距離がある。
でも、
拒絶ではなかった。
「……うん」
小さく、答える。
「……助かった」
それだけ言って、
勝は目を閉じた。
——めっきり、疲れ切っていた。
同じ頃。
一ノ瀬の社長室では、
静かな報告が行われていた。
向かいに座るのは、
今回動いた弁護士だった。
国内でも名の知れた、
切れ者。
「……結果として」
弁護士は、
淡々と切り出す。
「三条社長の釈放は、
当然です」
「当然?」
「ええ」
資料を一枚、差し出す。
「勾留理由が、
最初から成立していません」
「証拠は薄い」
「手続きも、拙速」
「告発内容も、
具体性に欠ける」
一ノ瀬は、
黙って聞いていた。
「正直に言うと」
弁護士は、
声を少し落とす。
「……かなり、素性が悪い案件です」
「素性が悪い?」
「はい」
はっきりと頷く。
「“事件にしたい”意図が先にあって、
事実が、後からくっついてきた」
一ノ瀬の目が、わずかに細くなる。
「つまり」
弁護士は、
言葉を選ばず続けた。
「必ず、裏があります」
「誰かが、
三条家を狙って、
揺さぶりをかけている」
「しかも」
一拍置く。
「手口が、あまりにも雑です」
「……だから、早く引いた?」
「ええ」
即答だった。
「長く触ると、
こちらまで巻き込まれかねない」
一ノ瀬は、
小さく息を吐く。
(やはり、
始まっている)
「引き続き」
一ノ瀬は、
静かに言った。
「裏を洗ってください」
「承知しました」
弁護士が席を立つ。
扉が閉まったあと、
一ノ瀬は、
デスクに置いたスマートフォンを
見つめた。
——父は、釈放された。
——だが、終わっていない。
「……次は、
もっと露骨に来る」
それを、
彼は確信していた。
そして同時に、
友梨の顔が浮かぶ。
(もう、
後ろには立たせない)
この事件は、
まだ、
本当の姿を見せていなかった。