社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした

12.見えない敵が動き出す

 その頃――。

 直樹は、
 都内の高級ホテルの一室にいた。

 遮光カーテンの隙間から、
 朝の光が、だらしなく差し込んでいる。

 「……直樹さん、
   朝から元気すぎる」

 甘えた声が、
 すぐ近くで響いた。

 若い女が、
 シーツ一枚もまとわない姿で、
 下から顔を近づけてくる。

 その髪を、
 直樹は上から掴むように支えた。

 「……もう少しだったのに」

 女が、
 悔しそうに呟く。

 仰向けの直樹を、
 女は見下ろしていた。

 肌を重ねた名残が、
 まだ部屋の空気に残っている。

 「里美」

 直樹は、
 気だるそうに笑った。

 「お前も、
  ほんと好きだなぁ」

 「直樹、大好き」

 里美が、
 遠慮なく抱きついてくる。

 直樹は、
 その手首を軽く掴み、
 自分のほうへ引き寄せた。

 「……元気だな」

 女の身体が揺れるのを、
 どこか他人事のように眺めながら、
 低く呟く。

 「……次、行くか」

 言葉と同時に、
 腕に力が込められる。

 里美は、
 声にならない声を漏らしながら、
 直樹にしがみついた。

 「……いっ、……くっ」

 朝の光の中で――
 直樹の表情には、
 罪悪感も、
 躊躇も、
 一切なかった。

 ただ、
 自分の欲を満たすことだけに、
 正直な顔だった。
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