社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした

14.並んで笑える朝

 一ノ瀬は、
 友梨と一緒に暮らす新居として、
 都心の高層レジデンス――
 ヒルズの最上階を選んだ。

 大きな窓の向こうに、
 壮大な東京の夜景が広がっている。

 無数の光が、
 静かに瞬いていた。

 「……すごい」

 友梨が、
 思わず息を呑む。

 「本当に……
  素晴らしい夜景」

 そう言って、
 そのまま、
 一ノ瀬の胸に抱きついた。

 腕の中は、
 思っていたよりもずっと温かい。

 「やっと、ここまで来たな」

 一ノ瀬がが、
 低く、優しく言う。

 「……俺たちだけの時間だ」

 言葉はいらなかった。
 夜景を背に、
 二人はゆっくりと、
 ベッドに身を預ける。

 長い一日。
 長い回り道。
 すべてを越えて、
 ようやく辿り着いた場所。

 友梨は、
 ふと、思い出す。

 ――あのホテルで、
 人生が大きく動き始めた夜。

 でも、その記憶は、
 すぐに、
 熱を帯びた吐息に溶けていった。

 灯りを落とした部屋で、
 友梨は、そっと海の胸に頬を寄せた。

 指先が絡み、静かな熱が伝わる。

 「……ここにいる」

 低い声が、耳元で溶けた。

 唇が触れ、息が重なる。

 抱き寄せられるたび、力が抜けていく。

 漏れている吐息も、体に灯される熱も、
 満ち溢れる、鼓動の高まりも、
 世界は、ゆっくり狭く、そして甘くなる。

 不安も言葉も、もう要らない。
 ただ、確かな温もりに包まれていた。

 意識は、
 柔らかな闇の向こうへ。
 そこには、不安も、迷いも、
 もうなかった。

 ただ、
 確かなぬくもりだけがあった。
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