社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした

3.流れていく運命

 数日後。

 友梨は、父の会社に呼び出された。

 最上階の社長室。
 分厚いドアが閉まる音が、やけに重く響く。

  「友梨。仕事は順調か」

 大きなデスクの向こうから、
 父――三条 勝が問いかける。

  「はい。
   周りに助けてもらいながら、
   頑張っています」

 形式的な会話。
 でも、父の目は
 いつもより探るようだった。

  「そうか。ならいい」

 一拍置いてから、勝は続ける。

  「今月末、おまえの誕生日だな。
 一緒に食事をしよう」

  「え……」

  「トゥールダルジャンを予約した」

 その名前を聞いた瞬間、
 友梨は言葉を失った。

 予約困難な、超高級レストラン。

 「……すごい。
  ありがとう、お父さん」

 「大変だったんだぞ。あと――」

 勝は、そこで言葉を切った。

 「上条直樹君も同席する。いいな」

 胸の奥が、ぎゅっと縮む。
  (……やっぱり)

 上条直樹。
 上条財閥系の家の次男。
 家柄も、学歴も、申し分ない。
 でも。
 (結婚なんて、まだ考えられない)
 (それに……
  あの人、苦手、行きたくないな)

  「お父さん、私――」

 言いかけて、言葉が詰まる。

  「どうした」

 父の視線が鋭くなる。
 逃げ場がない。

 その瞬間、友梨の口は、

 「……私、付き合ってる人がいます」

 空気が凍りつく。

  「ほう?」

 勝の声が低くなる。

  「どんな男だ」

 一瞬の迷い。
 でも、もう引き返せない。

 「清掃員ですけど……
  とても素敵な方です」

 次の瞬間。

  「ふざけるな!」

 机を叩く音が、室内に響いた。

 「清掃員だと?
  そんな男が、三条家の娘の相手になるか!」

 「お父さん――」

 「なら、連れてこい」

 遮るように怒鳴る。

 「本当に付き合っているなら、
  堂々と連れてきてみろ」

 言葉を失う友梨。

 「……誕生日の席にだ。
 上条君も同席する。逃げるなよ」

 社長室を出たとき、
 友梨の足は少し震えていた。
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