婚活嫌いのパイロットは約束妻に恋をする
『失礼します。どうぞお元気で』


時計の針の進み具合に焦りながら、曖昧な挨拶を口にする。

なにを口にすれば正しいのかわからないが、なんとなく、決定的な別れの言葉を口にするのがためらわれた。

空港へ向かうため方向転換し、急いで足を動かす私の背後から彼の声が聞こえた気がした。

振り返った瞬間、再び巨大な機体が前方から迫ってきた。

彼がなにか叫んでいたけれど、聞き取れない。

きっと見送ってくれているのだろうと解釈する。


『ごめんなさい、うまく聞こえなくて……』


つぶやいて一度だけ手を振り、その場を去った。


――それから約三年が過ぎた。


あの日東京に戻ったとき、気持ちはずいぶん軽くなっていた。

自分が全部を引き受けなければと使命感にかられていたけれど、母も気持ちの折り合いをつけて立ち直るため必死だったと、今ならわかる。

未熟で情けない当時の自分の振る舞いは思い出すのも恥ずかしいけれど、人にはそれぞれの悩みや事情、考えがあり、心に寄り添うことの温かさ、大切さを彼から学んだ。

私生活や仕事でお客様に接するとき、彼のように自然と寄り添える人になりたいと思うようになった。

菫が大阪の大学に進学し、あれから何度も大阪を訪れた。

けれどあの土手には一度も足を運んでおらず、自分がもう少し成長できたら行こうと決めている。
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