婚活嫌いのパイロットは約束妻に恋をする
「一緒に帰ってほしい」

 
菫を思い出していた私に、再度彼が口にする。

数時間前はこんな展開を考えもしなかった。

でもこの人は再会してからずっと、私の体調を気遣い心配してくれていた。

なにより私に触れる指はとても優しくて温かい。

今だって、強引にタクシーに押し込んだりせずに待ってくれている。

この人を信じたい、唐突にこみ上げた感情に背中を押されるように、彼を真っすぐ見つめる。


「お願い、します」


 
私の答えに眦を下げた彼はとても魅力的で、心の片隅で鼓動がひとつ大きな音を立てた。

 
タクシーで向かった彼の自宅は、真新しい十五階建ての豪奢なマンションだった。

手入れの行き届いた植栽が目を引くエントランスを抜け、オートロックを鍵をかざさずに解除し、彼は長い廊下を進む。

磨かれた床と所々に置かれた装飾品を横目にエレベーターホールに向かう。

エレベーターに乗り込み、降りたフロアは最上階だった。

脳裏に、以前親友から聞いた情報が浮かび、腰が引ける。


「どうぞ」


品のよい濃いグレーの玄関ドアを開けた向さんに促され、玄関に足を踏み入れる。

白い大きなタイルの玄関の脇にはシューズインクローゼットらしきドアがあり、すっきりしている。
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