婚活嫌いのパイロットは約束妻に恋をする
彼があのとき足繁く来店していたのは、近くの総合病院で母親の妊婦健診があったからだという。

無事に弟を出産後はほぼ通わなくなったらしい。


「結婚しても生活スタイルを変える必要はない。仕事はお互い今までどおり取り組めばいいし、もちろん浮気や目移りもしない」


迷い無く言い切る。


「ほかに心配事があるなら、遠慮なく言ってほしい」


そう言って、少しだけ距離を詰めて私を覗き込む。

私の心情を慮るような姿を、一瞬どこかで見かけたような気がした。


「――俺と結婚してくれますか?」


改めて言われたプロポーズに心が大きく揺さぶられ、ゆっくり傾く。

向さんが列挙した条件は今の私には願ってもないものばかりだ。

しかも大切な思い出の男の子ともう一度一緒に過ごせるのもとても嬉しい。

……たとえそこに恋心が備わっていなくても。

彼についてほとんど知らないけれど、この短い時間の間で知った事柄は多い。

彼以上に私のContrailへの思いを理解してくれる人も、抱える条件を受け入れてくれる人もきっといないだろう。


「俺の手を取って」


差し出された大きな手と真摯な目を交互に見つめる。


「……よろしく、お願いします」


大丈夫、この人とならきっといい夫婦関係を築いていける。

自分に言い聞かせるように心の中で数回つぶやき、そっと指先で手に触れた。

するとすぐに長い指に包み込まれ、伝わる熱に戸惑う。

頬が火照り、鼓動が落ち着かず飛び跳ねる。


「ありがとう、大切にすると約束する」


絡められたままの指先に落とされた、彼の薄い唇の感触に胸が詰まった。















< 59 / 145 >

この作品をシェア

pagetop