役目は終えましたので、好きにしてもいいですよね?〜地味才女の楽しい改革劇〜
「ねぇジェナ。最近の領地で何か聞こえた?」
メリッサは斜め前の座席に座るジェナに問う。
彼女はクレイソン男爵家にいた頃から仕えている侍女である。嫁ぐ際にマルコムが「そちらの使用人を養う金はない」と同行を拒否されてしまい、それからは辺境伯家で働いていた。
今回、メリッサのためならばとクロードに同行を申し出たようだ。
「気になることはいくつかあるのですが、内容が内容なだけに、ここではちょっと……」
ジェナの魔力は、主に聴覚へ集中されている。一定の範囲内にある人の声や物音をすべて聴きとることができるのだ。さらに人物を絞ると、その人が小さく呟いた言葉でさえ拾ってしまうため、情報収集に長けている。
しかし、ここには辺境伯家の者しかいないとはいえ、馬車での移動中。情報を漏らさないと決めているオルディンの教えは守っているらしい。
「でも一番は、お嬢様を心待ちにしている領民たちの声が聞こえます。お嬢様が辺境伯領へお帰りになりますのは、クリスティーナ様がご病気になられた頃なので一年ぶりですね!」
私も心待ちしておりました、とジェナは緩める頬を押さえながら、懐かしそうに告げる。
クリスティーナというのは、メリッサの亡き母でオルディンの姉である。クレイトン男爵との恋愛結婚の末に辺境領を離れたが、以降も領民たちのために商会を優遇させるなど、領のために尽力してきた人物だ。
領地から離れた伯爵家で暮らしている間、オルディンからの手紙が届くたびに、ホッと胸を撫でおろす時もあれば、不安そうに眉をしかめる時もあった。当時のメリッサは普通のことだと思っていたが、今回の『住み心地改革』と何か関係しているのだろうか。
そうこうしているうちに、ヴィンセント辺境伯領に入った。
遅い時間の到着となったが、夜でも自然豊かに生い茂る緑や街灯が照らす街並みは以前より綺麗に整備されているように思える。数年ぶりの帰省とはいえ、新しい場所にやってきた胸の高鳴りが止まらない。明日の朝、晴れた空の下で見るのが楽しみだ。
市街地の中央に鎮座する屋敷へ入っていくと、オルディンが両手を広げて待っていた。
五十代に突入したというのに、鍛え抜かれた体躯の頼もしさは依然として変わらない。その一方で、瞳はクリスティーナと同じ優しい緑の色を浮かべている。
他にも懐かしい顔ぶれの使用人たちも多く、自然とメリッサの頬は緩んでいった。
「メリッサ、よく来たな!」
「お久しぶりでございます、オルディン叔父様」
「長旅ご苦労だった。先に部屋へ案内しよう。話は夕食の後でもできるからな」
よほど楽しみにしていたのか、オルディンが直々に屋敷の案内を買って出る。
メリッサに用意された部屋は、嫁いだ後もクリスティーナが使っていた部屋だった。毎日掃除が入っているのか埃一つもなく、家具も棚に並べられた大量の本もあの頃から何も変わっていない。
「このお部屋、本当に私が使ってよろしいのですか?」
「辺境伯家の養女となるんだ。きっと姉上も喜んでくれると思う。……頑張ったな、メリッサ。よく帰ってきてくれた」
優しく微笑むオルディンに、メリッサは涙ぐむのをぐっとこらえて頭を下げる。
「ご心配をおかけしました」
「あの時はどうなることかと思っていたが……やり遂げてくると信じていた。一度決めたことは絶対に曲げないで撤回しないところは、姉上によく似ていたからな」
メリッサの頭をぽん、と大きな手で触れる。すべてを包み込んでくれる大きくて温かい手の平は、あの頃と何も変わっていない。
「無事で良かった。おかえり、メリッサ」
「……ただいま、叔父様」
メリッサは斜め前の座席に座るジェナに問う。
彼女はクレイソン男爵家にいた頃から仕えている侍女である。嫁ぐ際にマルコムが「そちらの使用人を養う金はない」と同行を拒否されてしまい、それからは辺境伯家で働いていた。
今回、メリッサのためならばとクロードに同行を申し出たようだ。
「気になることはいくつかあるのですが、内容が内容なだけに、ここではちょっと……」
ジェナの魔力は、主に聴覚へ集中されている。一定の範囲内にある人の声や物音をすべて聴きとることができるのだ。さらに人物を絞ると、その人が小さく呟いた言葉でさえ拾ってしまうため、情報収集に長けている。
しかし、ここには辺境伯家の者しかいないとはいえ、馬車での移動中。情報を漏らさないと決めているオルディンの教えは守っているらしい。
「でも一番は、お嬢様を心待ちにしている領民たちの声が聞こえます。お嬢様が辺境伯領へお帰りになりますのは、クリスティーナ様がご病気になられた頃なので一年ぶりですね!」
私も心待ちしておりました、とジェナは緩める頬を押さえながら、懐かしそうに告げる。
クリスティーナというのは、メリッサの亡き母でオルディンの姉である。クレイトン男爵との恋愛結婚の末に辺境領を離れたが、以降も領民たちのために商会を優遇させるなど、領のために尽力してきた人物だ。
領地から離れた伯爵家で暮らしている間、オルディンからの手紙が届くたびに、ホッと胸を撫でおろす時もあれば、不安そうに眉をしかめる時もあった。当時のメリッサは普通のことだと思っていたが、今回の『住み心地改革』と何か関係しているのだろうか。
そうこうしているうちに、ヴィンセント辺境伯領に入った。
遅い時間の到着となったが、夜でも自然豊かに生い茂る緑や街灯が照らす街並みは以前より綺麗に整備されているように思える。数年ぶりの帰省とはいえ、新しい場所にやってきた胸の高鳴りが止まらない。明日の朝、晴れた空の下で見るのが楽しみだ。
市街地の中央に鎮座する屋敷へ入っていくと、オルディンが両手を広げて待っていた。
五十代に突入したというのに、鍛え抜かれた体躯の頼もしさは依然として変わらない。その一方で、瞳はクリスティーナと同じ優しい緑の色を浮かべている。
他にも懐かしい顔ぶれの使用人たちも多く、自然とメリッサの頬は緩んでいった。
「メリッサ、よく来たな!」
「お久しぶりでございます、オルディン叔父様」
「長旅ご苦労だった。先に部屋へ案内しよう。話は夕食の後でもできるからな」
よほど楽しみにしていたのか、オルディンが直々に屋敷の案内を買って出る。
メリッサに用意された部屋は、嫁いだ後もクリスティーナが使っていた部屋だった。毎日掃除が入っているのか埃一つもなく、家具も棚に並べられた大量の本もあの頃から何も変わっていない。
「このお部屋、本当に私が使ってよろしいのですか?」
「辺境伯家の養女となるんだ。きっと姉上も喜んでくれると思う。……頑張ったな、メリッサ。よく帰ってきてくれた」
優しく微笑むオルディンに、メリッサは涙ぐむのをぐっとこらえて頭を下げる。
「ご心配をおかけしました」
「あの時はどうなることかと思っていたが……やり遂げてくると信じていた。一度決めたことは絶対に曲げないで撤回しないところは、姉上によく似ていたからな」
メリッサの頭をぽん、と大きな手で触れる。すべてを包み込んでくれる大きくて温かい手の平は、あの頃と何も変わっていない。
「無事で良かった。おかえり、メリッサ」
「……ただいま、叔父様」